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正常な世界にて

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「そういえば、刑法39条は知ってる?」
「け、刑法39条?」
突然の問いかけに、私は答えられなかった。私は法学部志望じゃないし、法律自体あまり詳しくない。
「責任能力関係の法律だよ。責任能力なしのヤツは、罪に問わない的な話さ」
坂本君が代わりに答えてくれた、責任能力という言葉は、テレビで何度か耳にした事がある。……大事件の報道でね。
「でも、その法律が何なの?」
私は疑問を口にした。話がドンドン先へ進むのは困る。
「39条があるから、高山たちは捕まらないっていう意味だよ。例えば、森村をこの場で殺し山崎川に捨てたとしてもね」
坂本君が教えてくれた。例え話まで……。
 彼女が言いたい趣旨は、犯人の責任能力について定めた39条のおかげで、自分たちは捕まらずに済むわけだ。今までの報道規制やらを考えれば、組織の力だけでなんとかなりそうだけど。
「それは正しいけど、今言いたい事はその本質だよ」
高山さんが言った。39条の本質? 話がさらに難しくなった。
「なぜこの39条という法律が、変わらずそのままなんだと思う?」
「……全然わからない」
知らないのは事実だから答えようがない。
 私が全然知らないのを不便に思ったのか、高山さんはベッド横の本棚から、六法全書という分厚い本を取り出した。高校生で六法全書持ちなのは、あまりいないんじゃないかな。
 彼女から六法全書を渡された私は、少し苦労して、刑法39条の項目を探し出す。
「ええっと、『心神喪失者の行為は罰しない』という事だね」
法律本文を読んだものの、本質なんてわからなかった。やっぱり私の頭は、法学部向きじゃない。

「他の法律が次々改正される中、この法律だけそのままなのは、なぜだと思う?」
高山さんは私たちに、改めて問いかけた。私にはさっぱりだ。
「精神的に支配されたヤツや、頭がすごく悪いヤツを保護するためだろう?」
坂本君はそう言った。それは正解っぽく聞こえた。
「ボクと森村を追いかけてきたチェーンソー野郎も、その内の一人だろう」
彼は言葉を続けた。つい最近の事のように、あのチェーンソー男の記憶が蘇る。あのときは下手すれば、二人とも惨たらしく殺されていた。
「もっと早く、詳しく話すべきだったね」
ため息を深々とつく高山さん。本気で後悔している。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん