正常な世界にて
私と坂本君は、ベッドの遺体二人分へ合掌する。これぐらいしてあげないと罰が当たりそうだからね。
そして、忍び足でドアのほうへ向かう。正確にはその前に、異臭対策のビニールシートをくぐらなくちゃいけないけど。高山に気づかれない事を第一に意識したため、自然と忍び足になる私たち。こういう状況になると、物音や時間経過の感覚が、いつもと全然違う。普段は気にしない自分の足音や周囲の物音を、耳は無駄にしっかりと聞き取る。あと、一秒一秒の時間を重く感じさせる。
坂本君が先に、ビニールシートを恐る恐るくぐり抜ける。シートが発するガサガサという音が、とてもうるさく耳に届く。下のダイニングルームに聞こえてしまうのではないかと思えちゃう。
彼に続き、私もシートをくぐる。できるだけ音を立てないように気をつけたけど、それでも怖いぐらい大きな音に聞こえる。ありえないけど、一階のみんなの耳に届いたんじゃないかと不安になった。
そんな私を尻目に、坂本君はドアノブを握る。余計な音を立てないようそっとだ。それから数秒かけてドアノブが回され、ゆっくりドアが内側へ開く。廊下と反対側のドアが見え、高山さんの姿は見えない。階段や廊下から誰かの足音が聞こえることもない。それどころか、下のダイニングルームの喧騒が聞こえるぐらいだ。とりあえず安心できた私。
「じゃあ行こう」
彼はそう言うと、部屋の外へ踏み出す。私も足を進める。置いていかれちゃうのは怖いからね。
……ところが坂本君は、部屋から一歩出た位置で立ち止まった。何も言わず、動きをピタリと止めている。
私からは見えないけど、彼のすぐ左側に誰かいるらしい。彼が向けてるだろう視線と、湧き上がる人の気配から、察することができた。誰かも含めて……。
「高山さん?」
「うん、そう」
私が尋ねると、彼は即答した。素っ気ない口調から切迫感が伝わってくる。拳銃を突きつけているのかな? もしそうなら、私と彼の命は、またまた風前の灯に……。
「使い古しの言葉だけど、こんなところで何をしていたの?」
坂本君のすぐ左側、かつ、壁のすぐ向こう側から、高山さんの声がした。死角だけど、彼女の存在を感じ取れる。彼女は今、どんな表情をしているんだろうか?
怒り顔? 呆れ顔? それとも、冷酷な笑みを浮かべた表情かな?