正常な世界にて
私が警察を未だに期待している点について、坂本君はわかりやすいため息で応えてくれた。さっきよりも深々とね。現実主義的な彼からすると、嘲笑の的でしかないらしい。
「警察は面倒で複雑な問題には無力だよ。何度か経験あるんだけど、仕事も働き手も、普通のお役所と変わんない。硬直と杓子定規を軸に動いてるだけで、活躍には期待しないほうがいい」
どんな経験なのかが思わず気になった私。でも、その話を聞くのは、今じゃなくてもいい。
「あの刑事たちなら期待してもよかったかもね。だけど、もう死んでるかもよ? なにしろ、あの事件はすぐに続報が無くなって、警察官が二人緊急搬送されたという事までしかわからなかったしさ」
「…………」
またあの二人の刑事さんが現れないものかと、私は願った。
いや、ご都合主義の展開に期待してもしょうがない。願うだけ時間の無駄だ。
……待てよ、時間? 今は何時何分?
私は瞬発的に部屋の壁を見回し、時計を探し出した。パーティから抜け出してから、どれほど時間が経ってしまっているのか?
ああ、もう三十分は経っている……。高山さんなら、私と坂本君がダイニングルームから消え失せている事ぐらい、もう察知してるはず。二階にいる事だけでもマズイし、この部屋にいるのを目撃されるのは極めてマズイ! ベッドで永眠してる彼女のご両親を見つけた私たちを、彼女がにこやかに見逃してくれるはずがない……。
これ以上ここで彼と言い争っても、さらに時間を無駄にするだけだ。それに今すぐ通報しても、タイミング的に間が悪いかもしれない。警察が到着するまでの時間に、彼女がなんらかの対応を取ってくる恐れが十分ありえる。
今は素知らぬ顔をしておいて、後で通報することもできるはずだ。ただそのためには、早くこの部屋から出ないといけない。彼女に見つかれば、素知らぬ顔どころじゃ済まないからね。
「時間がマズイから、一旦ここから出ようよ」
「ああ、そうだよね」
私の無謀な行動を防げてよかったという感じで、彼の顔からこわばりが緩む。まだ私は通報するつもりだけど、彼が一安心できてるわけだし、ここは耐えて何も言わないでおく。
とはいえ、心の一部分では面倒事、この部屋について通報する事を遅らせることができたと、無意識に安堵していた。坂本君に限った事じゃなくて人間全体だけど、事なかれ主義的な思いが、私の中にもしっかり備わっていたわけだね。
まあ、そういう思いや行動について、自覚した経験が無いわけじゃない。小学生や中学生の頃に、イジメを見て見ぬフリしちゃった事だってある。今の坂本君はきっと、高山さんたち側に抵抗している私を、正義感が無駄に強いと思っているだろうけど、そんな大層な人間じゃない。正義感からじゃなくて、好奇心から衝動的に動いちゃってるだけなのが、本当の所だといえる……。