正常な世界にて
どうやら、死んだ人を収納する専用の袋らしい。死体袋でも、死体から放たれる強烈な匂いを完璧にとどめられなかったみたい。くぐり抜けたビニールシートのように、死体袋にはチャックの線が走っていた。また、ホースもそれぞれの袋から一本ずつ走り、部屋の隅に置かれたポリタンクへ繋がっている。ホースの途中には灯油ポンプが付けられ、死体袋からポリタンクへ液体を送れるようにしてあった。この液体とは、死体から出る体液だ……。死体袋に溜まった体液を、ポリタンクで保管する仕組みらしい。人体は大部分を水分が占めているから、死体から出る体液対策が重要なのは確か。
しかし、逆に言うと、ちゃんと脱水してしまえば、死体はかなりコンパクトなサイズに収まるというわけだ。ブドウを乾燥させたレーズンみたいな感じにね。
それでも漏れ出る異臭への対策として、部屋の窓や通気口にはビニールの覆いがしてある。これなら近所迷惑にならず、異臭騒ぎにならない。
肝心の死体二人分の現状は、怖い物見たさで一瞬だけ見たところ、ほぼ白骨化している……。骨がしっかり浮き出ていて、水分を失った眼球は頭蓋骨の中へ沈んでいるようだ。
どっちの死体も、誰なのかはわからない。だけど、この部屋の雰囲気、高山さんの事を考えてみると、たぶん彼女のご両親だろうね……。彼女は家族と不仲だったという話を聞いたことはない。とはいえ、この状況で考えられるのはそういう事だ。
いきさつはともかく、彼女がご両親を殺したというわけだ。少なくとも、この死体など一式の存在を、彼女は知っているはず。隠蔽工作のために、彼女が灯油ポンプをシュコシュコやってる姿が、頭に浮かぶ……。
とりあえず、今しなくちゃいけないのは、警察への通報だ。高山さんが、ここを私たちに発見されてしまった事を知れば、隠蔽しようと動き始めるはず。立派なチクりだから、友達を警察に売ることになっちゃうね。だけど、これで一連の出来事を解決できれば、すでにのしかかっている重荷を、一気に取り除ける!
「おいやめとけ!」
私がスマホを触り始めた途端に、坂本君が手を掴み止めた。緊急通報の画面がスマホに映し出されたところだ。
「な、なにすんの?」
「アイツを敵に回すだけだから、やめとけって!」
いつもの悪ふざけじゃない。私の手を掴む彼の手には、力が強くこめられている。本気で通報を止めてほしいようだ。
手が痛い。まさか、ここまで強気で制止してくるとはね……。