正常な世界にて
「アイツの部屋はどこだろなっと♪」
坂本君が一人言った。顔はニヤニヤといやらしい……。彼はイケメンだから、心の中で引くだけで堪えられる。けどこれがブサメン男子なら、気色悪さで悲鳴をあげているところ……。
近くから順番に、ドアノブをガチャガチャとひねっていく坂本君。どうやら、ドアに鍵がかかっているようだ。ドア一つ一つに鍵があるとは、お金持ちの家だけある。疑心暗鬼なのかな?
とはいえここは他人の、それも高山さんの家だ。彼が小学生程度ならまだ、素行の悪い訪問者として冷笑されるだけで済むだろう。だけどもう高校生だ。親を呼び出されてもおかしくない。彼だけならともかく、巻き添えを喰らうのは愉快じゃない。
「ちぇっ! ちぇっ! 用心深いな、最近はどこもかしこもよ!」
いつもより陽気な口調だ。どうやら、お酒のアルコールがすっかり体中に回っているようだね。
「おっ! ここはノーガードだ!」
運良く、いや運悪く、彼は鍵がかかっていない部屋を見つけてしまった……。当たり前だけど、嫌な予感しかしない。鍵だって、わざとかけられていなかったんじゃ……。
「どれどれ!」
ドアノブを握る彼を止めなくちゃいけない。だけど、時すでに遅し……。
ドアの向こうは、間違いなく室内だ。それは確かだけど、真っ白な壁が目前にそびえ、三方の床から天井までをしっかり塞いでいた。よく見るとその壁は、白いビニールシートで、天井と床を密着させる形になっている。そして、正面のシート地には、細いファスナーの線が走る。
これは二重扉の一種かな? 消毒薬の臭いを感じ、病院や保健室を想起させる。ビニールシートは、透明じゃなく白く分厚い物で、向こう側は全然見えない。人目を避け、人を寄りつかせたくない趣旨をイヤでも思わせる。
「んんっ?」
ここで坂本君が振り返り、私の存在を知る。赤ら顔と視線は固まり、私にどう言うべきか、必死に頭を捻っているよう。
「いいでしょ?」
私はそう言ってやった。ここは先に言うべき局面だ。
「んんんっ、いいよいいよ!」
酔いのおかげで、彼は同行を許してくれた。後で理由を聞けば、「うるさく喋りバレたくなかったからさ」と言いそうだ。
「温室なのかもねー」
坂本君はためらいも無く、天井付近の高さにある持ち手をつまみ、勢いよく下げた……。ファスナーから左右に開き、ビニールシートに隙間ができる。そして広がっていく。