正常な世界にて
ケーキは食べ尽くされ、ご馳走の数々も皿を残し消えていく。私も含め、一同のお腹は十分満たされている。ダイニングルームはもうすっかり、食事から雑談の時間に変わっていた。食事で得たエネルギーというかカロリーを消費するかの如く、ペラペラと楽しく会話にいそしむ。次から次へ話しまくる話し上手なクラスメートを見ていると、嫉妬すら抱いてしまう私……。
話の聞き手を続け、それすら疲れてきた頃だ。坂本君が怪しい動きで部屋から出ていくのを見かけた。表情も怪しい。
……あまりの挙動不審に、トイレで抜け出すわけじゃないことは、すぐ理解できた。今からろくでもない行動を取ろうとしている。
放っておいてもいいけど、聞き手役に疲れ飽きていたから、彼を尾行してやると決めた。
ダイニングルームから抜け出た坂本君は、案の定トイレへは向かわず、逆方向へ歩んでいく。足音を立てないようにしてるらしく、普段と違う足取りだ。私もだけど、彼は好奇心旺盛な人間だから、高山ハウスを探検するつもりなのは明白だ。小学生の頃、友達同士でやった遊びというかおふざけだ。無邪気な子供心が、彼に健在しているらしい。……まあ今に始まった事じゃない。
廊下は、ダイニングルームから漏れる喧騒以外は静かなものだった。つい先ほどまで、多忙を強調するようにうるさかった厨房からは、何一つ聞こえてこない。どうやら、ケータリングサービスの人は、一旦撤収したらしい。探検中の私や坂本君にはありがたい状況だ。
とはいうものの、第三者からすれば不審者でしかない。彼を引き止めるつもりだったと言い張れば、なんとか切り抜けられるはず。しかし、その切り抜けなくちゃいけない相手は高山さんだ……。難なく切り抜けられる自信は、正直ない。
廊下の端にある階段をあがる坂本君。その足取りは、さらに慎重なものだった。階段は木製だから、重みに軋む音を盛大に立ててしまっても不思議じゃない。
二階へあがった彼を追うため、私も階段を慎重にあがっていく。部屋や廊下だけでなく、階段にもキッチリと絨毯が敷き詰めらている。このフカフカ具合なら、足を乗せた途端に軋みの音を立ててしまう恐れはなさそうだ。
ようやく階段をあがり終え、二階の廊下にきた私と坂本君。一階の廊下と異なり、ここの装飾は抑え気味。絨毯が一メートル幅だけ敷かれ、オフホワイトの大理石の床が壁沿いで輝く。廊下の先に大きなアーチ窓があり、陽光が差しこんでいた。
廊下には両側合わせて六つのドアがある。ドアごとに一部屋あるとしても、少なくとも六部屋あるわけだ。これだけでもう我が家の規模に匹敵しちゃう……。