正常な世界にて
ドラゴン野郎は、幸か不幸かは別として、男性への追い打ちではなく、ジジイへの攻撃に戻った。彼はジジイの首元を両手で掴み、その頭を前後に揺らしまくる。ジジイのジャガイモみたいな頭が、後ろの車窓に何度もぶつかっていく。意外とまだ固いらしく、車窓にヒビが入り始めた。ジジイの頭蓋骨のほうにも、ヒビがもう入り始めているだろうね。
「ガンッ!」とか「バリィ!」といったスリリングな音が、車内に何度も響き渡る。他の人々は、顔を背けたり寝たふりをして、このひとときをやり過ごしていた……。まあ私も坂本君も、さっきの正義感付き男性のような目には遭いたくないから、このままやり過ごたいけどね……。
幸いなことに、ジジイは気絶か絶命をしていたので、助けを求める叫び声を聞かずには済んだ。これなら、後で湧く罪悪感は抑えめだろうね。それに元はといえば、席を横取りしたあのジジイが悪いんだし。
「ジングルベール♪ ジングルベール♪」
よほど興奮しているらしく、ドラゴン野郎はBGMを歌い始めた……。
ヒビだらけの窓が明るくなる。電車が駅へ入ったのだ。ホームにいる人々が、何事かという表情を向けてくる。そりゃあ、いくら電車内とはいえ、こんな異変には気づくはずだ。ジジイが窓に何度も頭突きしているような光景だからね……。
『右側のドアが開きます』
ガラスが砕ける音に重なる形で、車内アナウンスが流れる。いつも通りなので、車掌はここでの事に気づいてないらしい。まあ、クリスマスパーティの予定がある私と坂本君にとっては、そのほうがありがたい。事情の説明をさせられたせいで、パーティに遅刻なんてマズイからね……。
電車が駅に半分ほど入ったとき、窓がついに割れ、ジジイの頭が外へ飛び出す。すっかり血まみれだけど、頭蓋骨は割れずに原型を保っている。だけど、赤く染まったその頭からは、もはや生気を感じられない……。割れた窓から車体外側へ鮮血が流れ、地下鉄名城線の紫色ラインを赤紫色へ変えていった。ドラゴン野郎は窓が割れたにも関わらず、揺さぶり続けており、ジジイの頭がカッコウ時計のように動いている。血が飛び、ホームに赤い筋を何本も引いていった。
このままだと、ホームの人々が駅員に伝えるのは時間の問題だ。彼らが伝えなくても、駅の監視カメラに映るはず。
そのため、ドアが開くのと同時に、私と坂本君が電車から駆け降り降車したのは、当たり前の行動だった。駆け込み乗車じゃないから、ノープロブレムだもんね!
改札機にマナカを叩きつけ、地上への階段を駆け上がる私。坂本君は、サッカー部で鍛えた足腰を自慢するかの如く、先へドンドン進んでいく。対抗心がつい沸き上がり、私は両足に力をこめた。
こんな全力疾走は、高校生になって以来何度目の事だろうか。高山さん主催のクリスマスパーティはこれからなのに、この有り様では、一日が終わる頃にはどういう有り様なんだろうね……。