正常な世界にて
「キャーーー!!」
「うるせえぞ!! チクショウ!!」
無職男は、ダメージジーンズの尻ポケットから金づちを取り出した……。蛍光灯のか細い光が、金づちを黒光らせる。
「チクショウ!! チクショウ!!」
無職男は発狂し、片手で金づちを振り回しまくる。ブンブンという風切り音は聞こえるほど、精一杯に激しく……。
「キャーキャー!!」
女性客がヒステリックに叫びまくる。まるで彼女も発狂しているようで、男の神経を煽る気かな?
「うるせえぞ、チクショウ!!」
女性客間近の壁を金づちで叩く。ガァンという強い音が響いた。
命の危険を感じた人々が、無職男から早く離れようと、必死に押し合う。私たちも自然に押しやられる。
「早く奥へ行けよ!!」
「ジャマだどけっ!!」
無理やり引っ張ってまで、安全な奥へ行こうとするヤツもいた。
「オマエラ皆殺しにしてやる!! どうせ俺は無職だ!! もう失うものなんて、何もないんだ!!」
無職男は金づちを振り続けながら、怒鳴り散らしていた。病的なレベルで酒癖が悪いらしい。男のアル中じゃない同僚から、どんな珍事が起きたのかを聞きたいものだ。
「えっ? ええっ?」
ふと気づけば、私は逃げ遅れていた……。逃げ惑う群れの一番外側にいるのが私だ。
「チクショウ!! オマエだ、このガキ!!」
無職男は私をターゲットに決めた……。ヤツの左腕に、群れの外へ引っ張り出された私。眼前で仁王立ちする男からは、殺気と狂気しか感じない……。
「やめて!!」
さっきのヒステリック女と変わらない叫び声を、私は思わず上げた。
「うるさい!!」
ギリギリで空振りする金づち。
外れていなかったら、私の頭頂部に命中してた……。たぶん、タンコブだけでは済まないだろう。失うものが無いヤツに殺されるなんて、最低最悪の結末でしかない……。
「チクショウ!! 今度は外さないからな!!」
金づちを振り上げる無職男
ところが私は、あまりの恐怖心でフリーズしてしまっていた……。ただ茫然と、その場で立ち尽くす私。
「このっ!!」
高山さんが群れの中から飛び出してきて、無職男を押し倒した……。まるで漫画のヒーロー御登場のように! こんな状況でも私は、無邪気にカッコイイと感じた。
「チクショウ!! オマエを先に殺してやる!!」
押し倒され体に乗られながらも、金づちを構えてみせる無職男。このままでは、彼女に金づちが当たってしまう……。