正常な世界にて
揺れる電車内で、私と高山さんは吊り革に掴まっている。この混み具合だと、到着まで座れそうにない。まあ仕方ないね。
「…………」
「…………」
電車に乗ってから、私と高山さんは会話をしていない。なんとなく気まずい……。スマホをいじる気にもなれない。
なにしろ、こちらから話しかけようにも、彼女のことをほとんど知らない。ここは学校じゃないから、趣味などについて質問するのはマズイ。
「あの、親や学校には、病気のことを知らせたほうがいいのかな?」
高山さんに尋ねた。他の話題は思い浮かばなかった。
「親には知らせたほうがいいんじゃない? 手続きの関係があるから。だけど、学校へは知らせないほうがいいと思う。クラスメートにバレちゃうかもしれないからね」
両親からは、どんな反応が帰ってくるだろうか……。甘えだとか、ただの性格だとか言われてしまうと予想しておこう……。
「どうしても、親に納得してもらえそうになかったら、手伝うから言って」
不安に気づかれてしまったらしく、彼女はそう言ってくれた。
「……あ、ありがとう」
そのときはお願いしよう。
ホントに彼女を心強く思う。しかし、そんな彼女は、脳にどんな病気を持ってるのだろうか? 猛烈な親切心でもある病気かな?
「チクショウ!! チクショウ!! チクショウ!!」
突然、怒声が響いてきた。私たちや周りの人々は、一斉に声のほうへ目を向ける。
……ボロボロの白いシャツブラウスを着た中年男性が、ドア付近に突っ立っていた。真っ赤な顔とフラフラした様子から、泥酔状態だと一目でわかる。ただ、汚れ過ぎのボロい服装から、飲み会帰りのサラリーマンではないらしい。
「俺が何したっていうんだよ!? チクショウ!! なんで、俺がクビになんなきゃいけねえんだ!!」
どうやら、リストラに遭った無職男らしい……。あの荒れた様子だと、どこにも再就職できないんだろう。
「おい、おまえら!! なんで俺はクビになったんだ!?」
近くの人に絡む無職男。酒癖が悪いせいでクビになったんじゃないかな? 酒の席で誰かに絡み、訴えられたとか。
面倒事に関わりたくないと、無職男から人々がソロソロと離れていく。座る人は寝たふりを決めこむ。私も目を逸らした。
「おい逃げるなよ〜!! チクショ〜ウ!!」
自分が避けられている事実に気づけた無職男は、完全にブチ切れた……。顔の紅潮は最高潮に達している。