正常な世界にて
「ああもう、ダメだダメ! パンクしてる」
舌打ちと同時に、スマホをしまう坂本君。
「繋がらないなんて事あるの?」
「くだらないことで通報するバカが多いからだよ! 他力本願な奴や、他人の足を引っ張りたい奴が多いからさ!」
ここは自力でなんとかするしかないようだね。最後に頼れるのは、自分自身というわけだ。
……ふと気がつけば、あの雑居ビルからは、銃声も何も聞こえてこなくなっている。たぶん決着がついたことを意味するけど、もしガンガールの勝利なら、さらに悪い状況に陥ったことになる。ピストルに撃たれるか、もっと大きな銃に撃たれるかのどちらかだ……。どちらにしても、長時間苦しみながら死ぬのはゴメンだね。
「なんでオレたちが殺されなきゃいけないんだ!? わけありな場所とはいえ、ちょっと入っちゃっただけなのに!?」
愚痴を口走る坂本君。私だって、それを愚痴りたいよ。
あの刑事たちが襲われるなら、まだ理解できる話だ。けど私たちは、まだ高校生でしかない。確かに、好奇心から詮索はしていた。とはいえ、こんな強烈な排除をわざわざやってくれなくても、警告という手段を事前にしてくれてもいいじゃないか?
……そこでふと予想が浮かぶ。希望的観測の域を脱しないのは認めるけど、この予想が正しければ、この危機から逃げられるはずだ。
「ねぇ、坂本君。障害者手帳を持ってきてる?」
「え? それなら財布にあるけど……。いざというときに使えるように、いつも持ち歩いているからさ」
よかった。まさに今が、そのいざというときなんだよね。彼もまた、この危機から逃げられそうだ。
「えいっ!」
私は思わず声を出す形で、精神障害者手帳を右手で高々と掲げた。手帳と右手は位置的に、スナイパーが狙い撃ちできるところにある。それはまた、スナイパーから見えることを意味するのだ。
「お、おい! 何やってんだよ!」
「坂本君も同じことをして!」
慌てる坂本君に、私は言った。彼は半信半疑だったけど、私と同じように、右手で精神障害者手帳を掲げる。
これで私たちのことを、スナイパーが知ってくれたはずだ。私の予想が正しければ、スナイパーはもう何もしてこないはず……。