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正常な世界にて

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 五階から一階まで、必死に階段を駆け下りた私たち。入ってきたときと同じく、一階や外は静かなままだ。しかし、頭上の五階からは、いまだに喧騒を物語る銃声と揉み合う声が聞こえてくる。まだのんびりと構えるわけにはいかない。一刻も早く、ここから逃げるのだ。
 エントランスから外へ出た。日没直前のため、周囲は薄暗かった。金山駅や線路のほうから、JR列車が走る音が寂しく聞こえてくる。建ち並ぶ雑居ビルや古臭いマンションは、閑静な雰囲気を相変わらず醸し出している
「近くにタクシーでもいればな……」
必要なときに限って、近くにいてくれないのがタクシーだ……。とはいえ、この辺りは以前から、車の通行自体が少ない。駅までひたすら走ることが最善策だね。

   タァーーーン!!

 尾を引く破裂音が鳴った。たまたま観ていた戦争映画の記憶から、その音の正体は、狙撃銃による銃声だとすぐに察することができた。察したと同時に、道路のすぐ目の前で、アスファルトが砕けた。銃弾が命中したのだ。黒い粉末とともに、細かい金属片が辺りに飛び散る。
「ヤバいヤバい!」
銃弾を放った人が、私たちを狙い撃ちしてるのは明らかだ。必死の形相を恥じることなく、以前からずっと停まっているワンボックスカーの物陰に飛び込んだ。制服のスカートがだらしなく翻ったけど、パンチラなど気にしてる場合じゃない。

 銃撃から、その「スナイパー」が、どの方向にいるのかはだいたいわかった。だけど、わかったのは方向だけで、そのスナイパーの姿は見つけられていない。おまけに、スナイパーは複数いるかもしれないのだ……。
 また銃撃、道路上を跳ねる銃弾。ワンボックスカーのそばから、一歩も身動きできない私たち。暗くなるまで待てば、逃げ切れるかもしれないけど、先ほどのガンガールのこともあるから、長居は危険だ。それに、スナイパーが移動し始めた場合を考えると……。
 周囲をそっと素早く見たが、誰かが通りがかってくれる気配は無い。とはいえ、その人も巻き添えになるだけだろうけど……。
 初めてで緊張するし、さらなる面倒事になるのは確実だけど、スマホで110番通報するしかなさそうだね。……と思ったら、坂本君がもうスマホを耳に当てていた。幸い、ピザの注文などではなく、110番通報をしてくれているようだ。思い切った行動ができることは、彼の長所として認めてあげようかな?

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん