正常な世界にて
「おい待ちな! お前らは不法侵入をしてるんだぞ?」
初老刑事がそう言って、坂本君の右肩を掴んだ。めんどくさそうに立ち止まる坂本君。
「悪いけど、君もだよ?」
若い刑事が、私の行く手に立ちはだかる。ガチで厄介なことになりそうだね。
とはいえ、私たちは友達に会うために、この部屋に入ったに過ぎない。ややこしい案件を嫌う警察が、わざわざこんな複雑でしょぼい罪で逮捕するとは思えない。脅しで言っているんだろうね。
「……情報提供してほしいだけでしょ? 別に、このまま捕まってあげてもいいけどさ?」
精神障害者手帳があるから、坂本君は強気でいられるんだろうけど、私はそれでも嫌だね……。
「しょうがねえな。いくつか教えてくれたら、この件は見逃してやるよ」
司法取引の一種が成立したようだ。Iからいろいろ聞き出しておいてよかった。口止めはされてないから、話しても大丈夫だろう。まあ、そう思いたいね……。
「……まさか、おまえのつまらん予想が当たっちまうとは」
初老刑事が苦々しそうに、若い刑事に言った。薄汚いメモ帳を、ズボンのポケットへしまう彼。どうやら、彼らも一応刑事なので、私たちが話した内容は想定内のことだったようだ。信じてもらえないかもと思いながら話していたものだから、彼らの反応にひとまずは安心だ。
「それで、おまえらはどうしたいんだ? 出方によっては、署まで同行してもらうつもりんだが?」
「おいおい! 見逃す約束だったじゃんか!?」
当然反発する坂本君。もちろん、私も反発しないわけにはいかないね。
「ちょっとちょっと! この子たちは、危険なのに話してくれたんですよ!」
若い刑事がそう言ってくれた。幸い、初老刑事は苦々しい表情をしつつ、私たちの連行を諦めてくれたようだ。
とはいえ、彼ら警察が危険だという話をしてしまったわけなので、不安がこみ上げてくる。Iが話してくれた、高山さんたちの企みは、いったいどれほど大きく恐ろしいんだろう……。
「わかったわかった、約束は守ってやるよ! だが、命までは守ってやれるかわからないからな?」
初老刑事はそう言うと、回れ右をして、廊下へのドアへ向かう。