正常な世界にて
「しかし、森村さんはアクティブだね」
褒め言葉か嫌味なのか、坂本君はそう言ってきた。
私と坂本君は、金山駅の広い吹き抜けを歩いていた。この駅は、名鉄やJRへの乗換駅でもあるので、多くの人々が行きかっていた。
そして、この駅は、あの仕事場の最寄り駅でもある。高山さんといっしょに歩いていた頃が懐かしく思えるね。今の時間帯は勤務中だから、高山さんや仕事場の人に遭遇してしまうことはまずない。それでも自然と、目をきょろきょろさせちゃう私。高山さんたちだけでなく、不穏なキチガイにも気をつけないとね……。
そして、あの仕事場が入る雑居ビルの前まで来た私たち。以前から知っていたけど、この辺りは閑静な建物ばかりで、車や人の通りが少ない。通り過ぎる風音と夕焼けのオレンジ色が、西部劇みたいな雰囲気を醸し出している。
「明かりがついてないから、休みなんじゃないの?」
少しでも早く帰る口実を見つけたいのか、坂本君は目ざとくそれを発見した。確かに、仕事場の窓は暗く、窓際の電灯は消えている。
「節電で消してるかもしれないじゃん。ほら行くよ」
恥ずかしいけど、私は坂本君の手を引っ張りつつ、雑居ビルへ入る。
「危なくなったら、すぐ逃げような?」
「わかってるって。もう4回目だよ、それ言うの」
「ギリギリまで粘るのはやめろよ? 向こうが武器を手にした時点でもうアウトだよ?」
今日の坂本君はずいぶん慎重だね……。サッカー部員とは思えない。まあ、私が無謀なだけかもしれないけど。
古臭いエレベーターのドアが開く。中は相変わらず薄暗く、こっちの気分まで暗くなりそうだ。
「え? あれ? どういうことコレ?」
「いつの間にか終わってたみたいだな。それか、どっかに移動したか」
あの仕事場だった部屋は、空室の状態になっていた……。出入口のドアの前に来た時点で、人気がまったくないので、やっぱり休みだったのかと思った。カギがかかっていなかったので、私はコソッと中をのぞいてみた。
すると、今日は休みというわけではなく、もう撤収済みで空室という状態だと気がついたわけだ……。