サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第一話
「それはあれだな、『同調世界』などと呼ばれるものだ。雄太くんが日々二次の世界で目撃しているものの中にあるだろう? この世界のどこかに、雄太くんが見たものと同じものを共有している人物がいて、同じように悩んでいる。誰だこいつは? はっ……まさか運命の人、ワタシに気づいて! ……なんてな」
大げさな身振り手振り。
大根と呼ぶことすらおこがましい、適当な語り口。
あからさまな冗談。
だけどそこに、一抹の事実を混ぜてくるから憎らしい。
『同調世界』の話は、最近ニュースにも取り上げられていた。
何でも、心の波長が合う人が同じ夢を共有するらしいとか。
言葉を持たない生き物たちは、その同調世界によりコミュニケーションを取ってるとか。
胡散臭いって言えばそれまでで。
今の部長のように、明らかにジョークだと主張されながら耳にしたほうが、よっぽど受け入れやすいだろう。
「夢の世界に浸るのはおおいに結構。……だが、今度からそう言うのは僕の話を聞いてからにしてもらいたいね?」
歌うように同意した後、部長は呆れたように言葉を発する。
「うっ。すみません」
確かにそうだ。人の話を聞いてるときに考え事をしてましたなんて目も当てられない。
どうも、人の話を聞くのって苦手なんだよなあ。
オレはとにかく平謝りして、その話とやらを聞くことにして。
はたして部長の話とはなんであったのか。
それを語るその前に、自身を改めて紹介しておこう。
オレは、都市近郊にある私立大学、日央学院大学の文理学部の一年生だ。
芸術学部で名を馳せる大学なだけあり、それに類するサークルに力が入れられているが、先に述べた通り、超常現象研究会……いわゆる超研と呼ばれるサークルに属している。
超研は、一昔前には当たり前とされていた、人気のない日陰の、少人数で行うような部、というイメージは全くない。
文系か体育会系かと聞かれれば……どちらかと言えば体育会系のサークルだろう。
しかも、国から超常現象について、調査を委託されている。
大学にとってもないがしろにはできない、まっとうな部だ。
一昔前までの扱いはそりゃひどいものだったと、泣く泣く部長に昔話を聞かされた記憶がある。
なんでも一昔前までは、科学的に解明できない不思議な出来事というのはほとんど表沙汰にならなかったらしい。
だけど今は違う。
世界の環境が著しく変化するように、世界各地で今までは思想の世界であそばせるしかなかった不思議なことが頻発するようになったのだ。
ちょっと前までは、責任ある国の機関が原因究明の調査をしていたのだが、あまりにも件数が多すぎて、手に負えなくなったらしい。
国から自治体へ、自治体から民間へ……ついには大学にまで下ってきた結果が今だ。
おかげで、世界の景気も、一時期のどん底期を脱して、今は安定している。
まさに不思議さまさま、と言ったところだろうか。
オレが超研を選んだ理由は、まずは何より部長のおかげであるが。
加えてオレには芸術的センスというものが皆無だったこと、謎やら、不思議、未知といったものを追うのがとにかく好きだったこと、そして、大学生活で出会いを求めるのならば、たいていはサークル、一歩譲ってゼミだと聞かされていて。
サークル見学に来てみたら、意外と美人が多かったから……なんて理由が挙げられる。
その気もないくせにとは思うが、ある意味それも本能ではあるのだろうけど。
そんなサークルの主な活動は、一言で言うと実地体験だった。
実際に謎や不思議があるらしい場所へと赴き、その真意を確かめようというもので、国内外問わず(だから部費が結構高い)年に六回、分かりやすいところで、だいたい給料日後にそれは行われていた。
大学版の研究色の強い、遠足……いや、冒険とでも言えばいいだろうか。
その場所を調査したり探し出したりするのは、実地体験の合間になるのだが、
特に部長は『当たり』を見つけてくるのがうまかった。(それが、部長の部長たる所以だとも言えるが)だから、たいていは部長がどこからか仕入れてきた場所になる。
部長の話というのはそのことだった。
今回の実地体験は、海外二ヵ所、国内一ヶ所らしい。
当然海外の方への希望が多かったけれど、厳正なるくじ引きの結果、オレは国内組のメンバーに入ることになっていた。
海外だと言葉とか食事とか面倒だからそれでもいいかなとは思っていたが、微妙なのはその行き先だった。
N県N市。なんと我が故郷の隣町にあるという、『三輪(みわ)ランド』。
近場の割には、めぐり合わせが悪かったのか、初めて聞く名だ。
それは、いわゆる大型テーマパーク……遊園地と呼ばれる場所で。
正確にはその跡地らしいが、海外組の名のある洞窟やら遺跡などと比べると、いささか物足りないものを感じてしまう。
「随分と近場ですよね、海外と比べると。払ってるサークル費は一緒なのに」
そのことについて(ちゃっかり海外組に入っている)部長に尋ねると。
至極あっさり驚愕の答えが返ってきた。
「ああ、そのことか。……確かにロケーション的にはいまいちかもしれないが、どうもそこはきな臭くてな。実のところ、『立ち禁』地域なのだよ。しかもレベルREDだ」
「ま、まじっ?」
あまりと言えばあまりな言葉に、オレは思わず敬語も忘れて、固まってしまった。
まぁ、嫌いじゃない先輩方を前にするとついタメ口をきいてしまうのは、オレの悪い癖ではあるんだけど。
ただ、さすがにこれは素で叫ばざるをえないだろう。
『立ち禁』ってのは言葉そのままで。
一般のものが立ち入り禁止されている場所のことだ。
その中でもREDと言えば最警戒レベル。
民間も含めたオレたちのような下働きの調査員ですら入れない、ということになっている。
基本的にそこに調査へ行けるのは、国の専門機関だけだ。
ようは、主要国道のようなもので。
数が多いからって仕事を丸投げする国でさえ、重い腰を上げる、
それだけ手に負えない何かがあるってことなんだろう。
「一体、どんな裏技使ったんですか……」
聞きたくはなかったけど、聞かなくちゃならないんだろう。
オレはありえない事を息するみたいにやってのける部長に複雑なため息を吐き、そう問いかける。
「何、簡単なことさ。国の方々が見てみぬふりをして放置していたものを拝借してきただけだよ」
「……」
やっぱり思っていた通り、最悪だった。
うまく言葉を変えて曖昧にしてもくれない、どストレートの言葉。
「よく許可が下りましたね」
「ははは、何が起きても責任は持てませんって言われたよ」
笑い事じゃない。笑い事じゃないが、そんなやばそうな所いけるか! と声高に主張できないのが、オレのどうしようもないところなんだろう。
せっかく払ったバカ高い部費がムダになる(返金不可)ってのもあるけれど。
超研に入って半年あまり、何度か実地体験をこなしてきたが、オレが行く場所に限って外れ……何も起こらなかった。
いや、そうではない。
きっと、オレには向いてないんだろう。
他のメンバーが気付いた不思議。
目撃した怪異、感じた未知への興奮と恐怖。
作品名:サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第一話 作家名:御幣川幣