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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第一話

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それは、夏が終わり……秋の始まりを告げる季節にオレが体験した、本当の幻想。

もしかしたらそれは、眠いだけなのかもしれないが……。
何かに集中していたり、考え事をしているとふっと意識が遠のく時がある。
授業中だったり、昼食のときだったり、様々だけれど、
室内にいる時に決まって感じるイメージは……雨、だった。

たとえ雨が降っていなくても、一抹の悲哀を感じさせる静けさが、
見えない外に広がっているような……そんな感覚。
何でそんなことを感じるのか。
雨というものを無意識にイメージできるくらいなのだから、そのものが嫌い、ということはないんだろう。

 確かに、雨に降られて面倒なことは多いけど、ドライブするときなんかは、たまにどさっと降ってくれると、意外と楽しい気分になるし、スポーツで熱くなった時のクールダウンにはもってこいだと思う。

ただ、それこそ気のせいなのかもしれないが、その雨は、いつか体験する出来事だと、
まるで既視感のように、オレに何かを訴えて続けていて……。





「……何を訴えるんだい? 僕の話も聞かずに」
「うわっ? いきなりオレの心を読まないでください、部長っ!」

オレ……永輪雄太(ながわ・ゆうた)が取り留めのない思索にふけっていると、
ワインレッドの縁取りが眩しいメガネの青年、部長こと、安茂里大輔(あもり・だいすけ)が、全く気配をさせずに、そう言って割り込んできた。

「何を言っている? 今声に出していたじゃないか」
「え……そうでしたっけ?」

タイミングがいいのか悪いのか。
とりわけ意味もなく沈思して周りの視界を狭めていたオレは、
ぶつぶつと独り言を漏らしていたことすら気がつかなかったらしい。

……いや、さすがにそんなわけはないだろ。
心うちで毒づく。

いくら思考をあさっての所に飛ばしていたって、勝手に口が動くなんてことは。
心を読んだんですか? なんて聞いたのは、半分冗談だけど半分本気だった。

部長にはどこかそう思わせる雰囲気がある。
それは、何も起こらない人生に飢えた人間たちを自然と惹きつけるカリスマ性、
と言ってもいいかもしれない。
かく言うオレも、惹きつけられた一人、なんだろう。
オレが、今いるこの大学に入学した時から、安茂里大輔という名前は有名だった。


超常現象研究部……通称超研の部長。

曰く、もう十年以上大学に在籍している、裏の支配者だ、とか。
超能力、魔法、手品、催眠術……ここ最近注目され始めた、初めからうさんくさいと、
虚構のレッテルを貼られてきたあらゆるものを使いこなす、とか。
実は、時空の間からやってきた異世界人だとか。

大きなことから小さなことまで部長を称する噂はきりがなかった。
普通に考えれば、いくらそう言った妄想、空想めいたものが世界に享受され始めたとはいえ、おかしな尾ひれのついたただの噂話で済んだんだろう。
サークル説明会で部長が壇上に上がったその瞬間まで、どこにでもいそうな、陰湿なイメージのある眼鏡の少年、という印象しかなかった。
そう、その瞬間までは。

『人生がつまらないものだと自身を卑下する君。我が部は君を歓迎する。後悔したまま死にたくなければ、我が部の扉を叩くといい。きっと君に人生の素晴らしさとサプライズを提供できるはずだ』

部長は壇上に立って口にした言葉は、サークル紹介になっているかどうかも怪しい、
たったそれだけの言葉だった。

あまりにもベタで、胡散臭い勧誘。
税金がかからないような、そんな感じ。
だがオレはそれに、簡単に引っかかってしまった。
何故なら部長の目は、完全にオレを見ていたからだ。
オレに向かってその言葉を投げかけていたからだ。
今思えば、ライブなどでよくある勘違いな思い込みだったのかもしれないけど。

何か普通でないことが自分に降りかからないものかと、毎日のように思っていたオレを直接勧誘してきてくれたと、そう思ってしまったのだ。

自分からは求めようと動かないくせに。
そのくせ誰かにふいに与えられることを常に期待している。
まさにそんな感じ。

流れに乗るべきだと、そう思った。
ずっと思い続けていた非日常への扉が向こうから口を開けてくれたと、そう思ったのだ。


そんな感じでまんまと乗せられて、半年あまり。
今まで何も起こらなかったのだから、いきなり現実が大きく変わるはずもなくて。

オレは、オレだけが何も起こらない現実に取り残されたままだった。
部長は面白いしいくつもの興味深い話をしてくれるけど。
他の部員が口を揃えて話の種にするようなサプライズはオレの身に訪れることはなかった。
現実なんてそんなもんだって、今は達観している部分も確かにあったけれど。


「……まあいいや。それで、話ってなんです?」

部長の、心を読んでいるんじゃないかっていうくらいの鋭い突っ込みは、いつもの事だし、
オレ自身が、そう言われるのも良くあることなので、気にしてもしょうがないだろうと納得しつつ、部長に続きを促す。

「ふう、やれやれだな。やっぱり話を聞いてなかったか。この時期になると考え事が多いようだが、何かあるのか?」

すると部長はふう、と息をつき。
知的な感じでメガネを引き上げながら不思議な銀色に光る瞳をこちらに向けてきた。
疑問を、疑問で返される。
部長の探究心に、どうやら火をつけてしまったらしい。


……何があるのか。
オレは、部長の言葉を心内で反芻し、そのことについて考え、答えた。

「うーん……そんなたいそうなものじゃないですけど、夢を見るんです。昔から見続けてる、同じ夢なんですけど」


この時期……夏の終わり頃になるといつも感じる雨の気配。
何でそれを感じるのかオレには分からなかったから、今引き出せる一番近いであろう答えを口にする。

「夢か。一体どのような? 差し支えない程度に教えてもらえると助かる」
「簡潔に言えば、雨の中にいる夢ですかね。どしゃ降りのような霧雨のような、とにかく視界が悪くて、だけど視界いっぱいにチカチカした眩しい光が踊ってるんです。その夢にはちゃんと色もあって、それで……」
「目の前に誰かいる、か?」

ぎょっとした。
本当は夢かどうかも曖昧なそれの、一番曖昧な部分を言い当てられたからだ。

「しかし、誰かはよくわからない。……そんな所か?」
「何で分かったんですか?」

驚きよりも、興奮の方が強かった。
オレにもついに来たと、そんな予感にさせてくれる。

「分からいでか。夢に何者かが出てくるのも、それが誰だか分からないのも想定できる範囲内だろう?」

カマをかけてみただけ、部長はきっとそう言いたいのだろう。
何だ違うのかって、あからさまに肩を落とす。
そんなオレをどう思ったのか、いつもの面白作り話を始める前のような、含んだ笑みを浮かべ、部長は言葉を続ける。