連載小説「六連星(むつらぼし)」第71話~75話
「気にするな。お茶なら自分でいれる。
お前の分もいれてやるから、いいからそのまま、作業をつづけろ」
上着をハンガ―に架けた俊彦が、そのまま台所へ消えていく。
(続きは後で、ゆっくり検索しましょうか・・・・
病院へ行った山本さんの、検査の結果も気になるし・・・)
検索を打ち切った響が、俊彦を追って台所へ移動する。
煙草をくわえて換気扇の下に立っていた俊彦が、響の気配に気がつく。
ライターの火を、あわてて吹き消してしまう。
笑顔の響が、俊彦のまじかに立つ。
「なにを遠慮してんの。自分の家でしょ。がんがん吸って頂戴」
ヒョイとライターを奪い取った響が、『どうぞ』と、
楽しそうに、俊彦がくわえている煙草へ火を点ける。
「美味しいでしょう。自分の娘に、煙草に火をつけてもらえると?」
火をつけ終わり、ゆっくりと後退した響が、食器戸棚の前で腕を組む。
が、次の瞬間、自分がたった今、さらりと口走ってしまった娘と言う言葉の重さと、
重要性に思わず、はっと気が付く。
(えっ。あたしったら何気なく、いま、大胆な言葉を口に
してしまいました!。)
なぜそんな言葉が突然出たのか理解が出来ないまま、響が狼狽える。
頬が急激に火照り、胸の鼓動が急ににわかに高まってきた。
(まずいなぁ、失敗しちゃった。
軽々しく口にしてはいけない言葉を、ついあたしから言っちゃったわ。
思ってもいない突然のタイミングだもの。どうしたんだろう、今日の私は。
あまりにも唐突過ぎるもの、トシさんに怒られないかしら・・・)
目を見開いている俊彦の顔を前で、響が茫然と固まっていく。
早鐘のように高鳴ってきた心臓の音が、響の周囲の物音を
完全に消し去っていく。
一口だけ煙草をふかした俊彦が、煙を静かに吐き出す。
緊張していた顔の表情が、ふいに崩れる。
俊彦の眼が、台所に有るはずの灰皿をそわそわと探し始める。
先に見つけた響が、灰皿を差し出す。
『ありがとう』と灰皿を受け取った俊彦が、静かにタバコの先を押し付ける。
「君は、顔も見たこともない自分の父親に会いたくて、家出をしてきた。
お母さんもそのことはすでに承知している。
父親を見つけるために、君にはお母さんが暮らしたこの桐生までやって来た。
幼なじみの居る所へ来れば、手がかりが多いだろうと
考えた君の判断は正しい。
俺が君の立場でも、おそらく同じように考えただろう・・・
さて、君が探している父親のことだけど」
と俊彦が言いかけた時、奥からドスンと言う、鈍い音が聞こえてきた。
同時に、山本の短いうめき声が聞こえてくる。
ゼイゼイとあえぐ声が続いたあと、一転して激しい咳込みの声が聞こえてくる。
はじかれたように響が、奥の部屋に向かって駆け出していく。
『まさか・・・・』俊彦が、病院での杉原医師の診断の言葉を思い出す。
次の瞬間。響の甲高い声が、アパートの空気を鋭く切り裂く。
「大変。お父さん。山本さんが大変なことになっている。
吐血で、お蒲団が血の海になっています・・・・・
山本さん、山本さん!。どうしょう、どうしましょう・・・お父さん。
救急車を呼んでください、救急車!」
「落ちつけ、響。大丈夫だ。
万一の時には病院にすぐ、連れていく手はずを整えてきたばかりだ。
俺の携帯から、杉原を呼び出してくれ。
山本さんを、緊急で搬送すると伝えてくれれば、向こうの準備も万全だ。
一刻を急ぐから救急車ではなく、俺の車を使う。
すぐに病院へ向かうから、杉原への連絡はお前がしてくれ」
「はい。お父さん!」
はっきり「お父さん」と答えた響が、携帯を置いてある居間へ飛んでいく。
(お父さん・・・・確かたった今、響が俺のことをそう呼んでいたよなぁ。
気のせいじゃなく・・・確かに響がそう呼んだ)
山本を抱き上げて自分の車へ急ぐ俊彦が、居間で必死に杉原を呼び出している
響の背中を確認していく。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第71話~75話 作家名:落合順平