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連載小説「六連星(むつらぼし)」第71話~75話

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 日向や小川では、『くるみ村が滅んだのは、鶏(にわとり)の肉を
 魚釣りのエサにしたからだ』と、語り伝えています。
 若狭湾沿岸の漁村には、鶏は海難をもたらすとして釣りエサにしてはならず、
 漁に出るときの弁当に、鶏の肉や卵を持っていってはならないという
 鶏禁忌(きんき)の伝承があります。
 戦後になってから、電気も引かれていない人里離れたくるみ浦に、
 戦地からの引き揚げ者が、入植しました。
 私のおやじとおふくろも、その入植者のひとりです。
 昭和30年ころになると、10戸余りの開拓村がくるみ浦に築かれました。
 田畑に利用できる平地は限られています。
 背後に山が迫る日陰地では、まともな作物もとれません。
 そのために、やがて全戸が離村してしまいます。
 それが2度目の、くるみ浦の絶滅です。
 私も一度だけ、海から船を使い、おやじやおふくろの想いが残る
 くるみの地に上陸した事が有ります。
 おそらくその頃のものだと思われる、ふろ釜や茶わんなどが
 廃墟のいたるところに、散乱していました。
 住居跡の周辺には、高波によって打ち上げられたと思われる
 漂流物なども散乱していました。
 この地で暮らすことがいかに厳しいことか、容易に推測できます・・・」


 山本が、再びお茶を口へ運ぶ。しかし、その目に焦点が無い。
遠い故郷を思い出し、過去の記憶をゆっくりと語っているうちに、
いつの間にか山本の脳裏へ、懐かしい若狭湾の景色が甦って来ているようだ。
(瞑想の邪魔はしないように、余計なことを言わない方が賢明だ・・・・)
響も、ひと息を入れることにした。
手元に置いたまま、湯気をあげている茶碗へ、響が目線を落とす。
茶柱がひとつ、茶碗の底の方でゆらめいている。

 2杯目の茶を飲み終わった山本が、ゆっくりと体の向きを変える。


(あら。疲れ過ぎているような様子ですねぇ。
 私が調子にのりすぎて、山本さんに、長い話をさせすぎてしまったせいだ。
 いけない、いけない。病人に無理は禁物だ・・・)


 響が手を貸すと、山本がゆっくりと身体を横にする。
山本は、起き上がるときにも体力と筋力の不足を感じさせましたが、
横になる時にも、自らの力では身体をささえきれないという心細さが有る。
布団に横たわった山本が、浅く、早い呼吸を繰り返していく・・・


 (酸素を取り込むにしては不充分すぎる、極めて浅い呼吸です。
 これって、一体どういう病状なのかしら・・・・
 ちょっとしたことで、簡単に疲れ過ぎてしまうんだもの。
 これからは私がもっと責任を持って、注意を払う必要があるようです。
 とりあえず、山本さんには少し眠ってもらいましょう)

 耳元で『なにか欲しいものが有りますか?』と、響がささやく。
『今は何もいりません』と答えてから、山本がゆっくりと目を閉じていく。
足音をたてないようにして立ちあがった響が、そのまま居間のテーブルへ向かう。
早くも寝息を立て始めた山本を横目に見ながら、響がノートパソコンを
立ちあげる。


 パソコンが立ちあがるまでの、わずかな時間。
響の視線は山本の痩せこけた横顔へ、クギ漬けのままになっている。