連載小説「六連星(むつらぼし)」第71話~75話
「広島と長崎。ビキニ環礁・・・日本は、3度の被爆国です。
国も政府も国民も、核と放射能の恐ろしさは、充分に知り尽くしています。
多くの国民にも、核へのアレルギーが有ります。
そんな日本がなぜ、原子力発電の道を突き進んできたのでしょうか。
わたしには、そのことが良く分かりません」
「日本は、資源とエネルギーを持たない貧しい工業立国だ。
戦後の復興を、技術力で成し遂げてきた。
経済成長を根底から支えたのが、日本がとった独自のエネルギー政策だ。
効率の良いエネルギーの確保が、急務になった。
当時主流だった水力発電から、重油を使う火力発電へ進み、
さらに原子力発電にすすんだ。
おおくの国民は原発に反対したが、当時の政府によって設置が強行された。
大義名分の旗印が、『原子力の平和利用』というスローガンだ。
原子力発電所が危険なものでは具合が悪いので、あらゆる角度から、
徹底して原発の『安全神話』が作りだされた。
補助金と称して原発を建設する自治体に、大金を次々と投下した。
その結果50年前から、日本の原発の建設がはじまった。
いまでは日本中に、54基の原発が有る。
それだけじゃない。最近の計画で、10年後までにはさらに10基、
最終的には、15基を建設しようという計画がある。
原子力発電はこうして、すっかり発電の根幹を支える存在になった。
だが、隠し続けてきた危険すぎる実態が、ついに露呈した。
それが、3.11の福島第一原発のメルトダウン(炉心の溶解)だ。
『安全神話』がいかに欺瞞に満ちたものであるかを、全国民に明らかにした。
暴走すれば危険過ぎるものであるのことを、ものの見事に露呈した。
だが、誤解してはいけない。
福島の被ばくは、日本人にとって、4度目の被ばくでは無い。
50年もの長い年月にわたり、原発で働く労働者たちは身体の内部から
体内被曝に蝕まれてきた、
内部被ばくこそ、第4の被爆体験として取り上げられるべきだ。
1番目と2番目は、広島と長崎。
3番目は、ビキニ環礁での水爆による被ばく。
4番目は、54基の原発で働いてきた、おおくの原発労働者の内部被ばくだ。
つまり、福島の放射能の漏えいは、わが国で5番目の被爆と言うことになる。
だが4番目の原発労働者の被ばくは、一切、公にされていない。
長年にわたり、『存在しない病気』のひとつとされてきたからだ」
「長年にわたり、秘密にされてきた・・・・
原発を稼働させてきた電力会社が、危険性を隠ぺいしただけではなく、
それに共謀した者たちがいるという意味ですね。
原子力政策に責任を持つはずの、政府も積極的にその片棒を担いできた、
ということになりますねぇ。
原子力の安全神話は、国ぐるみの嘘、ということになります」
「放管手帳を、知っているだろう。
放射能関連施設で働く人たちに義務づけられている、被ばく管理の記録だ。
いまでも、年間に一万部が発行されている。
だが原発で働く労働者の実態は、いまだに正確に把握されていない。
三次から四次までが、下請けの限界点と決められている。
だが実際の作業現場では、七次から八次までの下請け労働者たちがいる。
五〇年間もこうした構図が、平然と続いてきた。
厚生労働省が1976年に、白血病や白内障、急性放射線症などに限定して、
原発労働者たちの労災の認定基準をまとめた。
心筋梗塞などの、基準外とされる病気の場合でも、医師による検討会で
因果関係が認められれば、認定される可能性も生まれた。
だが同省によると、76年以降に原発作業員で労災の認定がなされた例は
わずかに、たったの11人だ。
推定で、30万人から50万人はいると言われている原発労働者のうち、
病気を認定されたのは、わずかに11人だ。
30万人から50万人の人が、毎日、何らかの形で体内被曝をしているんだ。
そんな馬鹿なことが有るか。
だが、これが、日本の原発の実態なんだ。
認定された11人のうち、6人が白血病。3人が悪性リンパ腫。
2人が多発性骨髄腫だった。
解るかい・・・・この11人以外は、すべて電力会社と政府によって、
切り捨てられてしまったんだ」
ゾクリとする寒さを、響が背中で感じている。
原発労働者たちとの交流のなかで、いくつかの体験談を聞いてきた響が、
はじめて聞かされる、国とや電力会社から見離された人たちの話だ。
厳しすぎる現実の話だ。
(日本の政府が、原発を支えている労働者たちを見捨てている!)
響は、想像を絶する原発の実態に、またまた言葉をうしなってしまう。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第71話~75話 作家名:落合順平