連載小説「六連星(むつらぼし)」第71話~75話
「なるほど。可愛い顔をしているくせに、いう事は鋭いなぁ。
『おきゃん』と呼ばれている君の実態が良く分かる。
病人がどうなるかすで承知しているくせに、さらに探りを入れてくると
いうことは、それなりに学習が済んでいると俺は見た。
その質問に、俺も正直に答えよう。
残念ながら答えはノウで、山本氏が助かる見込みは万にひとつもないだろう。
が・・・・ここでは少し場所が悪い。
そっちの休憩所で少し話そう。
コ―ヒーでよければ、おごってやる。少し付き合え」
廊下を歩いていくと、突き当たりに自動販売機の一角がある。
開放的なスペースに、大きな窓に沿ってテーブルと椅子が置かれている。
白衣を翻した杉原医師が、自動販売機から缶コーヒーを2本、買い求める。
「無糖は俺の呑む分だ。、君には、甘い方をやろう。
嫌いじゃないだろう・・・・コーヒーは?」
「座れよ、その辺りに」と、顎で響を座らせる。
自分は外の景色が見える窓際に立つ。
外を眺めながら缶コーヒーを開け、一口目を口に含む。
「苦いなぁ・・・・」と顔を歪め、響の顏を振り返る。
「君の言いたいことは、察しがつく。
だがね。山本氏の場合は、現代医学を持ってしても治療は難しい。
残念なことだが、内部被ばくに関するデーターは、公表されていない。
我々の治療は、ただの手探り状態だ。
原発で働いている労働者の健康被害の実態と、原発症についての症例は、
すべて水面下の出来事だ。
原発とガンの発症と言う因果関係は、日本ではいまだ認知をされていない。
ゆえに、原発労働者の原爆症は、『日本には存在をしないはずの、
病気のひとつ、と呼ばれている」
「そんな、馬鹿な・・・・」
響の顔色が、瞬時に変わる。
杉原医師を見つめている目線に、憤りの厳しさが加わる。
怒りに似た感情がこみあげてきたことで、響の頬が思わず赤く染まる。
「日本は第二次世界大戦で、広島と長崎に原爆が投下をされた。
そのために、世界で唯一の被爆国になった。
2度の原子爆弾による惨状や、放射能汚染によるその後の健康被害や、
環境の破壊などについては、公開されているものが多い。
教科書などでも取り上げられてきたから、君もそのことは
良く知っているだろう。
3度目の被ばくは、ビキニ環礁沖でアメリカによっておこなわれた核実験だ。
1954年3月1日。ビキニ環礁で行われた水爆は、広島型の原子爆弾の、
1000個分以上の爆発力をもっていた。
この時の炸裂で、海底には直径約2キロメートル、深さが73メートルの
クレーターが生まれた。
このとき、周辺にはたくさんの漁船が居た。
日本のマグロ漁船・第五福竜丸をはじめ、約1000隻以上の漁船が
死の灰を浴びて、被曝をした」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第71話~75話 作家名:落合順平