連載小説「六連星(むつらぼし)」第66話~70話
「ずいぶん荒れてるな、岡本。
どうした。仕事の愚痴か、それともただの呑み過ぎか?」
「こいつらが、万事につけて機転が利かないものだから、
久しぶりに俺も本気になって、ついつい大声を出して怒っちまったところだ。
ん・・・・なんだ・・・・店に響の姿が見えないな。
今日は居ないのか?
せっかく響の顔を見に来たというのに、がっかりだなぁ・・・・
今日は居ないのか、あいつは」
「久し振りに顔を見せたと言うのに、響が居ないと落ち込むのか、お前は。
俺の蕎麦も食わずに、帰っちまいそうな様子だな。
お前のお目当ては、俺の蕎麦じゃなくて響だけなのか」
「当たり前だ。
お前の蕎麦なら、いつでも好きな時に食うことができる。
響のあの笑顔を見ると、長旅の疲れもいっぺんに吹っ飛んじまうんだ。
仕方ねぇなぁ・・・・いつもの蕎麦を2人前を作ってくれ。
若い者にはビールと、旨いものを適当にみつくろって出してくれ・・・・
俺も、トシの不機嫌そうな顔を見ながら、もう一杯を呑むか。
おい、俺にビールを持ってこい」
「安心しろ。岡本。
ちょっとした用事を頼んだだけだから、もう響も戻ってくる頃だ。
岡本よ。見て驚くな。とびっきりの楽しみが有るぞ。
きっとびっくりする。
まぁ、そんな期待をしながら、そこでゆっくり呑んでいな」
「どういう意味だ・・・・響に何かあったのか?」
「見てからの楽しみだ」と、俊彦が厨房へ笑いながら消えていく
怪訝そうな顔で俊彦を見送った後、岡本が若い2人を振り返る
『さっきは少しばかり怒り過ぎた。機嫌を直して一杯やれ。
明日からまた頑張って働らけば、失敗なんて簡単に取り返せる。
ほらよ。遠慮しないでジャンジャンやれ』と、若い者の前へビールの瓶を
ドンと置く。
「あら、岡本のおっちゃん。豪勢ですねぇ・・・・
なんかのお祝いでも始まったのかしら?」
背後から聞こえてきた響の声に、岡本がすこぶる早い反応をみせる。
満面に笑みを浮かべて、勢いよく振り返る。
しかし背後に立つ響の着物姿を見た瞬間、思わず驚きの声をあげる。
ビール瓶が手元を滑り、床に向かって落ちていく。
素早く反応した若い者が、間一髪のところでビール瓶を受け止める。
「な・・・・なんじゃい、その着物は。
に、似合うじゃねえか・・・・へぇ~ぇ、見違えたぜ、響。
トシが楽しみにしていろと言っていた意味が、ようやく理解できた。
いやいや・・・・驚いたぜ。大したもんだ。
お前さんがこんなに和服が似合う女とは、思いもよらなかった!
清子よりも、いい女だ。
いいなぁ、着物が似合う女は。風情が有って」
「そんなに似あっていますか、これ?
本人的にはまだ違和感が有るんだけど。
でも、褒めてもらえると、なんだか、私も嬉しいな」
「似合う、似合う。似合ってる!
まるで清子の若いころ、そのものだ。
背格好と言い、腰の回りのスラリと締まった妖しい雰囲気と言い、
色っぽさと言い、若いころの清子をしのぐものがある。
やっぱり親子だなあ、血は争えねェ。
とはいえ、湯西川の売れっ子芸者も、今じゃすっかり姥桜(うばさくら)だ。
衰えぶりは隠せねぇ。もう、清子の時代じゃねぇな。
お前さんのスタイルから比べれば、清子はもう、まるで月とスッポンだ。」
岡本は響の着ている2部式の着物に、すっかり夢中になっている。
塔の清子が厨房に居るとは知らず、岡本がもう一度、上から下まで響の
着物姿を見つめて、うっとりと目を細める。
「もう一度言ってごらん。誰が、月とスッポンだって」
岡本の目の前に、漬物用のキュウリを手にした清子が、突然現れる。
清子の出現に動揺した岡本が、手に握ったグラスを落としかける。
すでに予測をしていた若い者が、下からしっかりと岡本の手元を押さえる。
(おっ、お前。ずいぶんと気が利くじゃねぇか。ナイスなタイミングだ。
コップを落とさずに助かったぜ。ありがとうよ・・・)
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第66話~70話 作家名:落合順平