連載小説「六連星(むつらぼし)」第66話~70話
「二部式用の長襦袢も有ると、うかがいましたが」
「よくご存知ですねぇ。
口の悪い方からは、「うそつき襦袢」などとも言われます。
胴体の部分が綿生地の肌襦袢になっていて、それに長襦袢の袖と半衿が
くっ付いているものです。
こちらも上下に分かれています。
下は、裾除けの上にぐるりと巻きつけます。
着物から見える半衿と袖から、長襦袢を着ているように見えますので、
「うそつき」などと呼ばれています。
一枚着る分量が少なくなりますので、これは大変に楽です」
「なるほど、よくわかりました。
それではこの子に似合いそうな二部式の着物を、2~3着選んでください。
普段着られるようなラフなものと、外出時にも着られるようなものを、
選んでもらえるとありがたいです。
もちろん。必要な小物類と草履なども一緒に、お願いします」
『えっ』背後から、二部式の着物を覗きこんでいた響が驚きの声をあげる。
山本が目を細めて、響を振り返る。
「桐生へやって来て、あいつに、二部式の着物を買ってやるのが夢でした。
そんな話をしたとき、あいつは他愛なく喜んでくれました。
それももう今となっては、かなわない夢です。
あなたなら、そんな私の想いを繋いでくれそうな気がしています。
遠慮をしないで、好きな物を選んでもらってください。
私は昔から、女性の買い物に付き合うのが、苦手なんです。
もう一度、向こうで桐生織などを眺めてきます。
買い物が終わったら、声をかけてください。
では。よろしくお願いをします。2部式が似合うお姉さん」
お姉さんと呼ばれた案内嬢が、ますます気分を良くしてしまう。
困り果てている響を尻目に、全身のサイズを目で確かめてから気合を入れ、
二部式着物の物色を始める。
鏡の中に見る自分の着物姿に、なぜか響が懐かしさを感じ始める。
着物は、芸者をしている母の清子や、置き屋のお母さんや伴久ホテルの若女将たちが、日常的に、ごく当たり前に着ているものだ。
そんな環境に育ちながら、当の響は、浴衣くらいしか着たことがない。
(そういえば・・・・成人式用に着物を作りたがっていた母の気持ちを、
わたしは、ものの見事に裏切ってしまった。
青いドレスを着てしまった私は、あれは一体なんだったのだろう。
お母さんは私のドレス姿を見て『似合っていてとても綺麗だよ』と素直に
褒めてくれたけど、内心は複雑だったろうなぁ。
着物を合わせていくと、なんだか自分にも似合うような気がしてきた。
素直に着物を着ればよかったなぁ、あの、成人式の日に。
着せたかったんだろうな母は、きっと私に。着物を・・・)
鏡の中の自分を見つめながら、そんなことをふと響が思い出す。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第66話~70話 作家名:落合順平