連載小説「六連星(むつらぼし)」第66話~70話
響きが頭の中で、若狭湾の地図を思い出していく。
日本海側から大きく入り込み、懐を大きく広げている内海の湾が若狭湾だ。
リアス式の海岸線は、いたるところで美しい砂浜を作り出す。
山本が生まれて育った美浜町は、若狭湾の東方に位置している。
(そうだ。若狭は関西電力が、福島の3・11の被害を見てから
あわてて津波の調査をはじめたと言う、いわくのある原発の所在地だ!)
響がテレビで見たばかりの、津波調査のニュースを思い出す。
原発密集地でもある福井県の若狭では、「地形は安全だ」という楽観のもと、
これまで、一度も津波の実態調査は行われていない。
激しい世論の突き上げを受けて、関西電力がようやく調査のための
重い腰をあげた。
若狭湾には、多くの原発が有る。
太平洋側の東海村と並ぶ、日本におけるもうひとつの原子力発電の先進地域だ。
若狭町にある中山の湿地で、1年あまりをかけて全区域を調べるという
本格的なボーリング調査がはじまった。
その後、三方五湖などの周辺の9カ所へ調査の範囲を広げていく。
若狭湾の中央部に突出している大島半島には、再稼働を目指している
『大飯原発』が有る。
東北の3.11以降、すでに52基の原発が停止している。
再稼働を目指す大飯原発も、ストレステストをようやく終えたばかりの段階だ。
大飯原発は原発再稼働の急先鋒として、連日マスコミを騒がしているが、
世論はまだまだ、原発の再稼働には否定的だ。
大飯原発は、関西電力が保有する原子力発電所では、最大規模を誇る。
日本の原発では、東電が所有している新潟県の柏崎刈羽原子力発電所、福島第一原発に次いで、第3位にあたる発電量を誇っている
(5月に入ると、北海道で稼働中の原発が止まる。
そうなると国内に有る54基の原発が、全て停止をすることになる。
政府も、電力会社も、電力がピークを迎える夏場を前に、なんとかして、
再稼働の道を開こうと必死で画策をしている・・・・)
昨夜も、再稼働のニュースが取り上げられていた。
消費税の大増税を画策中の民主党の野田首相が、原発の再稼働のために、
大飯原発の再稼働のみを議題とする、全閣僚の会議を招集したと報道された。
(あえてこの時期に、再稼働を議題にした会議をひらくなんて、
日本のトップたちは、いったい何を考えているんだろう・・・信じられない!)
と、憤慨したばかりの自分が居る。
そのことを思い出した響が、いつのまにか自分の考えの中に埋没していく。
こころ此処に有らずという響へ、山本が遠慮がちに声をかけてきた。
「やれやれ。
起き上がるだけでも、ひと苦労をするようになってしまいました。
少し喉が渇きました。響さん、いつものお茶をいただけますか。
その先で、私が生まれ育った美浜町の思い出話に、つきあってください」
「よろこんで。」と響が立ち上がる。
いつものように台所へ立つと、いつもの手順でゆっくりとお茶を入れ始める。
(若狭と言えば、もうひとつの原発の密集地帯だ・・・)
湯気の上がる茶碗から目を離し、振り返ると、布団の上に正座をしたままの山本が、ぼんやりと、窓の向こう側を見つめている。
(西の方角だから、見つめているの、生まれ故郷の若狭かしら?。
山本さんが生まれたという若狭の海は、いまでは、日本でも屈指の原発の
密集地帯に変わってしまった。
風光明媚な景色の中に、放射能をまき散らす原発の煙突が林立する・・・
考えただけでも、なんともうら哀しくなる光景ですねぇ・・・・)
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第66話~70話 作家名:落合順平