連載小説「六連星(むつらぼし)」第66話~70話
「似合わなかったら、困ります。
あたしの一番のお気に入りの着物を、2部式に仕立て直したものなのよ。
似合わなかったら、あたしの立場がありません。
でもさ。値段の事はともかく、成人式でも着物を着てくれなかった響が、
和服に目覚めてくれたことは、わたしも嬉しいわ。
響がずうっと着ると言うのなら、全部、2部式にしてもいいと思っている。
このさいだから、思い切って芸者なんか、卒業しちゃおうかな」
「おう。そうしろ。もう卒業してもいいだろう。
芸者なんか辞めて、『六連星』でトシと一緒に蕎麦を売れ。
そろそろいいんじゃないか・・・・20数年前の2人の姿に戻っても。
お前さんだって、実はそう思っているんだろう。実際のところ」
「まだ駄目。そういう訳にはいかないわ。
響とトシさんの親子の関係が、解決したわけじゃないもの。
私たちだけ元に戻るという訳には、いかないわ」
「そうなのか・・・・うまくいかねぇもんだ人生は。
見ていて、じれったくなるぜ」
「うん。じれったいのよ。実は私も・・・・」
岡本が「上手くいくことを祈ろうぜ・・・・」 と、ぽつんとつぶやく。
グラスを持ち上げた岡本が、何度目かになる乾杯を儀礼のように繰り返す・・・
桜の花とチューリップが同時に開花していた吾妻公園を訪ね、
さらに織物会館まで足を伸ばし、二部式着物を買い求めた山本が次の日から、
なぜか、体調を崩しはじめた。
うららかな陽気が続く中、一転して、布団で過ごす時間が多くなった。
「私が調子に乗りすぎて、歩かせ過ぎてしまいました。
山本さんの体調に気を使うべきだったと、強く反省をしています」
心配そうな顔で覗きこむ響を、山本の優しい目が出迎える。
もそりと布団から引き出した手を、まばらに伸びた無精ひげに伸ばす。
「気にしないでください」と山本が、苦笑いを浮かべる。
「響さんが、悪い訳ではありません。
私の身体がこうなることは、最初から解りきっていたことです。
身体の調子と言うものは、実に正直です。
体調が悪くなり活性度が落ちてしまうと、毎朝剃っていた髭も、
このように元気を失って、伸びなくなってしまいます。
あの日、あなたと元気に歩き回れた方が、私にすれば奇跡です。
元気なうちに、素晴らしい桐生の景色が見られました。
懸念だった、二部式の着物と出会うことも出来ました。
こうした幸運に、心の底から感謝しなければなりませんねぇ・・・」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第66話~70話 作家名:落合順平