紫音の夜 7~9
人を惹きつける音色を放ち、あたり一帯の空気の色まで変えてしまうようなプレイができるのに、失敗の恐怖におびえ、夢にまでさいなまれる弱さを抱えている。
土色の血の気を失った顔、削げ落ちた頬。
楽譜を握る手がかすかに震えている。
前回のライブのときと同じだ。
あのとき葉月は、失敗の恐れからくるおさまらない震えを、確かに真夜と共有していた。
「……わかった、テナーサックスで出るよ。一緒に吹こう」
かすれる声を絞って微笑むと、真夜もようやく顔を上げて安堵の色を浮かべた。
胸のつかえが下りた気がした。体の中に一筋の風が吹き抜けていく。
真夜は譜面をまとめながら言った。
「明日は練習できないけど……明後日から一緒にやろう。できそうなところ、譜面を書きかえてくるよ。ライブの録音も持ってくるから」
葉月はタオルで隠していた顔をさらして、うなずいた。
楽譜と一緒にアルトサックスをしまう真夜を見ながら、葉月も出しっぱなしにしていたテナーサックスを手に取った。
喉が治っても治らなくても、コズミックに出る。
このテナーサックスで、あの真っ青な舞台に――真夜と一緒に。