便利屋BIG-GUN3 腹に水銀
「あの人リックって名前聞いた途端表情が変わったわ。普通なら弟の友達が来たら愛想笑いくらいするものじゃない? リックって子は何かして何人も聞き込みに来られたのよ。先生とか最悪警察、マスコミも」
相変わらず頭のいいやつだ。
「そのまま話したら貝になってたかもしれない。そこをいいひと気取って会話を続けさせて、なんにもしてないのに恩まで着せて情報口を一つ確保した。んでついでに美人の携帯番号もゲットした」
全部読んでやがったか。侮れない、いやおっかない。
「ワルだねぇ」
何か楽しそうだ。くすくす笑ってやがる。
「前から言ってるだろ、俺はただの悪党だ」
お前には何も悪さしてないがな。
「でも情報は大して手に入らなかったね」
だがリックは自宅と言う隠れ場所を一つ失った。帰ればお姉さんは俺に電話してくれるからだ。礼まで言って。
「お姉さんの情報は既に持っている。アリア・ディモンド20歳、松森中から鶴美高、湘女短大卒。実家にお住まい。家族は他に父」
あと推定Dカップ。これはジュンには話す必要は無かろう。
「たいした情報じゃないじゃない」
「まあ情報屋と言ったって前科者ならともかく善良な一市民の情報なんて持ってないよ」
一番重要な情報も手に入らなかった。「彼氏になりたきゃどういうの?」だ……。
「んでこれからどうするの」
「会社帰って森野の話聞いてみるかな」
森野はもう帰っただろうがジムが話を聞いているはずだ。
「私も行くー」
俺は車を発進させた。そこですぐに確認した。
「やっぱりお前は帰らないか?」
「なんでよ?!」
ジュンは反射的に怒鳴ったが、俺の表情を見てすぐに押し黙った。
つけられている。さっき黒沢さんのマンションを出てからずっとだ。同じ車が同じタイミングで発車してきやがった。
だんだんきな臭くなってきやがったな……。
車は銀のブルーバード。何の変哲も無い小型のセダンだ。乗っているのはいかにもチンピラ風の男たち。後ろにもいるから3人のようだ。尾行のためにおとなしめの車に乗ってきたのだろうか? しかし以前のブルーバードならともかく現行のこの型は主に高年齢者が使う。それに髪を染めた若いのが乗っているから却って目立った。
俺はラギエン通りを北上、ドンつきを左折、路地を右折、通りをまた右折。要するに大回りして不自然な道を走った。しかしブルーバードはついてくる。これは確定だろう。
会社はすぐそこなんだが俺はわざと遠ざかり裏山に上った。舗装もされていない路地へ車を突っ込ませ突如加速する。ブルーバードもあわててついてきたが狭い路地だ、小さなプジョー106の方に分がある。運転技術も俺の方が格段に上のようだ。右へ左へ突っ走ると奴らは見えなくなった。
道端に雑草が背の高さまで伸びている所で停車、奴らを待つ。ジュンはこの隙に雑草の中に隠れさせた。
ほどなくブルーバードは現れた。
止まっていたプジョーと車を降りて自分達を待っていた俺の姿に奴らは驚いたが、少し顔を見合わせた後全員降りてきた。
全員リーゼントにサングラスだと? いつの時代のチンピラなんだ。
「何か用ですか、お兄さん方」
挑発ぎみに話しかける。奴らはまた躊躇したが兄貴分と思しき奴が首を傾げて接近してきた。
だからー、いつの時代の人なの。その車タイムマシン?
「俺達はある人に世話になっている者だ」
やくざの決まり文句である。所謂一般社会の「世話になる」という意味ではなくこの場合恐喝なんかを依頼されたという意味だ。もちろん謝礼ももらっているだろう。
「黒澤瞳の事を嗅ぎ回るのはやめろ」
ほお、黒澤さんじゃなく妹の方での絡みか。
「ふむ……」
俺は少し勿体つけてから答えた。
「断る」
「なにぃ!」
予想通りの台詞を吐きながら予想通りに踏み込んできた。
3対1、道幅は狭い。速攻に限る。
俺は素早く踏み込んで先頭にいたヤツに左ハイキックを叩き込んだ。見えなかったんだろう。もろにこめかみに入った。一発でKOだ。崩れ落ちる三下。俺はそれを飛び越え手前のヤツの腹にストレートをぶち込んだ。そいつは堪える事もできずバランスを崩して後ろの兄貴分もろとも転倒した。
物腰で解る。子供の頃から弱い奴を脅して自分は強いと勘違いして来た奴らだ。真剣に体や技を鍛えたことなんか無いだろう。物心つく前から色々と鍛えられ今も毎朝晩トレーニングを積んでいる俺とは性能に差がありすぎる。
俺は流れるように懐からベレッタを取り出し兄貴分に突きつけた。
「どこの組の者だ」
若い方は口をつぐみ兄貴分は面子があるのだろう。ほえた。
「てめぇ、どうなるかわかってるんだろうな!」
俺は冷淡に返す。
「3対1でヤクザに絡まれたんだ。撃ち殺しても正当防衛が成立する」
一瞬の間。もう一度同じ質問をする。
「どこの組の者だ」
二人は青ざめた。しかしまだ口は割らない。
「そうか…… しかたねぇ。誰から死ぬ? とりあえず今あいつには口がねぇな」
俺は銃口を気絶している男に向けた。
「ま、待て」
兄貴が慌てて口を開いた。弟分がかわいいという人間味は残っているようだ。俺は男が口を開く前に言った。
「大道組…… そうだな?」
男は何故? と言う顔をしたが頷いた。
「俺が探しているのは黒沢瞳じゃ無い。兄貴の方だ。これ以上関わらなけりゃお前らには何もしない」
今のところは、な。
「お前らの親分の息子はどこにいる」
また口をつぐむ。
「お前が話したとは絶対に言わねーよ。それとも」
銃を舎弟の方に戻す。
「この二人がいないほうが話しやすいか?」
「やめてくれ!」
兄貴は怯える舎弟の頭を抱えた。
「ぼっちゃんは寺で勉強している。西方寺だ」
西方寺? うちの近所だ。ヤクザのボンボンが夏休みに寺で勉強か。かくまわれているが正しかろう。
「わかった。俺には巻かれた事にしろ。それでも指つめなんかにはならないように親分には話しといてやる。今日はこのまま帰れ」
「お、親分に?」
まさか親分なんて単語が出てくるとは思わなかったんだろう。ヤクザどもは露骨に動揺した。
「直接知ってるわけじゃ無いが知り合いがいる。心配するな」
俺は舎弟に目を移した。
「いい兄貴で助かったな。いつもなら三人とも撃ち殺している」
若いヤクザは怯えながらも頷き返した。
早く行けと促すと二人がかりで倒れた男を車に引き釣りこみながら兄貴が聞いてきた。
「あんたいったい何者なんだ」
そんな事も知らないで尾行してきたのか。
俺が口を開く前に男は続けた。
「すまん、俺から名乗るのが礼儀だ。大道組若頭の藤崎って者だ。君は? 只者じゃないんだろ?」
俺はつい微笑んでしまった。時代遅れの仁義あるヤクザか。嫌いじゃ無い。
俺は素直に名乗った。
「便利屋BIG-GUNの風見健」
そしていつものように付け加えた。
「ただの悪党だ」
西方寺は我が家BIG-GUNと同じ地区にある寺だ。
裏山のふもとに建つお堂はまだ新しく歴史など感じさせないが火事で何度か消失したせいであり、お寺自体は数百年前からここにあるそうだ。
作品名:便利屋BIG-GUN3 腹に水銀 作家名:ろーたす・るとす