便利屋BIG-GUN3 腹に水銀
「お決まりですか?」
そこへ赤毛の天使が俺達の席にやってきて俺を現実に引き戻した。
「レモンティーを下さい」
ジュンは即答した。こいつメニューも開かず…。俺も慌てて品を決める。
「じゃあアイスコーヒーとナポリタンを」
するとおねーさんは苦笑した。
「ごめんなさい、うちナポリタンはやっていないんです」
「イタリア料理屋なのに?」
素朴な疑問に彼女はちらりとカウンターの向こうの厨房を見て答えた。
「ナポリタンはイタリア料理じゃ無いと、シェフが」
シェフというのは彼女の父親のはずだ。仕事中は切り替えてシェフと呼ぶのだろう。好感が持てる。
俺は慌ててメニューを開き直し無様に「えーと…じゃあ何にしよう」などと醜態を晒した。
泣けるぜ。
いつもミートソースの方が好きでナポリタンなんか頼まないのだが何故今日に限ってこんな失態を。マジで少しブルーになる俺だった
すると赤毛のおねーさんは優しく声をかけてくれた。
「レモンカレーを是非お試しください」
あ、じゃあそれで。と、応える俺には目の前の美しい人がマジ天使に見えた。
お待ちください、と優雅にターンを決める天使様をうっとりと見送る俺にジュンは冷淡に声をかけた。
「仕事しなさいよ」
えーい、部外者に言われる筋合いは無い。
「ところでナポリタンがイタリア料理じゃ無いってどういうこと?」
丸い瞳をさらに大きくして聞いてきた。意外だな、よく知っているかと思った。
「ナポリタンは昔ナポリターナっていうスパゲティをこの国で手に入りにくい食材を省いて作られたという説があるのさ。実際にイタリアでナポリタンは作られていない」
「肉じゃがみたいに和製洋食ってわけね」
まぁそんなところだ。ちなみに天津飯も和製中華だ。
料理は意外と早く届き軽く平らげる。む、うまい。こだわっているだけの事はある。
もう少しせっせと働くおねーさんを眺めていたいところだがそろそろ仕事に入ろうか。目の前の小娘もうるさいし。
俺は少し余所行きの声に切り替えて話しかけた。
「あの、リック君のお姉さんですよね? 彼家にいますか?」
ぴくっと表情が止まった。弟の名前を聞いた姉の顔じゃ無い。怯え、恐れか?
彼女が何か言う前に俺は続けた。緊張を解くためハードルを下げる。
「彼と知り合いってほどでは無いんですけど以前友達と一緒に会って。その子と連絡が取れなくなっちゃったんで彼なら何か知ってるかなと」
あくまで善良な少年の顔、声、仕草。今のところ完璧。彼女は振り返ってくれた。俺と同じく自然を装って。
「そうなんですか、でもあの子も何日か前から帰ってこなくて」
硬い声だった。しかし弟を心配する姉の思いも確かに混じってはいた。嘘では無いだろう。俺は柔らかく笑って続けた。
「まあ、彼中学生でしたっけ? その頃には僕も友達と夜通し遊んでましたよ。でも彼は夜遊びしてお姉さんに心配かけるようなタイプには見えなかったな」
少し彼女の表情が溶けた。
「ええ、大人しい子で外出もあんまりしなかったんですが。あの…お友達もいなくなったって…。その子と一緒に何かあったんでしょうか?」
俺は頭をかく。
「これは…変な事聞かせちゃいましたね。心配事増やしちゃいましたか。黒沢って子なんですがあの子も真面目な子なんで変な事にはなってないと思いますよ」
彼女は「ああ、あの娘」と頷いていた。瞳を知っているのか。情報は正しかったようだ。
「よし、リック君も一緒に探してみますよ。友達をつないでいけば見つかるでしょう。多分誰かの家に入り浸っているんだと思いますよ。連絡先はここでいいですか?」
俺はテーブルに置いてあった店の名刺をつまんだ。お姉さんは首を振ってエプロンからスマホを取り出した。
「いえ、連絡は私に。アリア・ディモンドと申します」
俺も頷いて携帯を取り出す。
「じゃあ、彼が帰ってきたら僕の方にも連絡お願いします」
店を出て車に乗るとジュンが口を開いた。
「やるわねケンちゃん」
「何が」
ジュンはふふっと笑って語りだした。
「あの人リックって名前聞いた途端表情が変わったわ。普通なら弟の友達が来たら愛想笑いくらいするものじゃない? リックって子は何かして何人も聞き込みに来られたのよ。先生とか最悪警察、マスコミも」
相変わらず頭のいいやつだ。
「そのまま話したら貝になってたかもしれない。そこをいいひと気取って会話を続けさせて、なんにもしてないのに恩まで着せて情報口を一つ確保した。んでついでに美人の携帯番号もゲットした」
全部読んでやがったか。侮れない、いやおっかない。
「ワルだねぇ」
何か楽しそうだ。くすくす笑ってやがる。
「前から言ってるだろ、俺はただの悪党だ」
お前には何も悪さしてないがな。
「でも情報は大して手に入らなかったね」
だがリックは自宅と言う隠れ場所を一つ失った。帰ればお姉さんは俺に電話してくれるからだ。礼まで言って。
「お姉さんの情報は既に持っている。アリア・ディモンド20歳、松森中から鶴美高、湘女短大卒。実家にお住まい。家族は他に父」
あと推定Dカップ。
「たいした情報じゃないじゃない」
「まあ情報屋と言ったって前科者ならともかく善良な一市民の情報なんて持ってないよ」
一番重要な情報は手に入らなかった。「彼氏になりたきゃどういうの?」だ…。
「んでこれからどうするの」
「会社帰って森野の話聞いてみるかな」
森野はもう帰っただろうがジムが話を聞いているはずだ。
「私も行くー」
俺は車を発進させた。そこですぐに確認した。
「やっぱりお前は帰らないか?」
「なんでよ?!」
ジュンは反射的に怒鳴ったが、俺の表情を見てすぐに押し黙った。
つけられている。さっき黒沢さんのマンションを出てからずっとだ。同じ車が同じタイミングで発車してきやがった。
だんだんきな臭くなってきやがったな…。
車は銀のブルーバード。何の変哲も無い小型のセダンだ。乗っているのはいかにもチンピラ風の男たち。後ろにもいるから3人のようだ。尾行のためにおとなしめの車に乗ってきたのだろうか? しかし以前のブルーバードならともかく現行のこの型は主に高年齢者が使う。それに髪を染めた若いのが乗っているから却って目立った。
俺はラギエン通りを北上、ドンつきを左折、路地を右折、通りをまた右折。要するに大回りして不自然な道を走った。しかしブルーバードはついてくる。これは確定だろう。
会社はすぐそこなんだが俺はわざと遠ざかり裏山に上った。舗装もされていない路地へ車を突っ込ませ突如加速する。ブルーバードもあわててついてきたが狭い路地だ、小さなプジョー106の方に分がある。運転技術も俺の方が格段に上のようだ。右へ左へ突っ走ると奴らは見えなくなった。
道端に雑草が背の高さまで伸びている所で停車、奴らを待つ。ジュンはこの隙に雑草の中に隠れさせた。
ほどなくブルーバードは現れた。
止まっていたプジョーと車を降りて自分達を待っていた俺の姿に奴らは驚いたが、少し顔を見合わせた後全員降りてきた。
全員リーゼントにサングラスだと? いつの時代のチンピラなんだ。
「何か用ですか、お兄さん方」
作品名:便利屋BIG-GUN3 腹に水銀 作家名:ろーたす・るとす