便利屋BIG-GUN3 腹に水銀
ジュンはたこ焼1人前とたい焼きを2枚購入。たい焼き1枚は俺にくれた。たこ焼きは全部自分が食べる気らしい。俺が買ってやったんだから一つくらい「あーんして」と、くれてもよさそうなものだが、その気は無さそうだ。すぐ向かいに鍵エンタープライズ経営のフードコートがあるので通常ならそこのベンチで食べていくのだが、仕事中にんなことやってたら鍵さんになんて思われるかわからん。俺は歩きながら食えと命じDクマ前を真東に移動し始めた。この先の住宅街に黒沢さんのマンションがある。たこ焼を平らげて落ち着いたのかジュンが柔らかい声で呼びかけてきた。
「ねぇねぇ」
振り返ると天使の笑顔があった。
「待っててくれてありがとね、さすがにあれだけの男の人たちの中に一人だとしんどくて」
三郎ならこんな時なんと返事するんだろうか。
俺は一瞬後に「ああ」と答えて歩き出すしか出来なかった。
しばらく前進し線路に当たる前、割と有名なこじゃれたビアレストラン「モチキ」辺りに黒沢さんのマンションがあった。もちろん鍵エンタープライズの所有だ。何の変哲も無い4階建ての古びたマンションだ。賃貸じゃ無さそうだ社宅扱いなのかな。
3階の隅の部屋のようだ。合鍵は借りてきている。いくら社長の許可ありとはいえ勝手に人の家に入っていいのか。道義的責任を感じるが仕事だ、まあいいだろう。
鍵を開けてエレベーターホールへ。エレベーターに乗り3階に向かう。この間ジュンは俺が今どんな仕事をしているのか全く質問してこなかった。その辺は賢い女だ。
バイトに友達誘おうかなーなどとぼやいている。嫌ならやめちゃえばと言ったところ「でも喜んでもらえてるしー」と返してきた。ふむ…… ただのわがままお嬢様ではないのだな。
エレベーターから廊下に出ると奥の方の部屋の前に女の子が立っていた。瞳では無い。あれは……。
「森野?」
呼びかけると驚いて振り返った。違った。似てるが別人だ。少し大人びた顔と表情。怯えているようにも見えた。
「失礼、人違いです」
俺が謝ると少女は会釈して足早に俺達の横をすり抜けてエレベーターに消えていった。
「驚かせちゃったか」
ジュンが小首をかしげた。
「森野さんって新聞部の?」
ふんふんと頷いて確かに似てるね、と呟いた。そういえばこいつも面識あったな。
「ああ、今朝も店に押しかけてきてな……」
あ。
エレベーターに駆け寄ったが遅かった。もう1階まで降りている。廊下から外を見下ろすとさっきの少女が駅の方に歩いていく。
「おーい。君、森野めぐみのお姉さん?」
少女は見上げたが無視してそのまま走り去っていった。
「女の子にいきなり大声で呼びかけたら逃げるでしょ」
ジュンは呆れ顔だった。確かに…… 三郎ならそんなミスはしないだろう。
俺は森野に電話してみた。番号はこの間の事件でゲット済み。
「今お前のお姉さんらしき人に会ったぞ」
「どこですか?!」
あいかわらずの甲高い声で返してきた。
「駅からガミ線に向かった辺り。モチキの前のマンションだ。似てると思っただけだ。逃げられた」
「何やってるんですかー!」
耳が痛い。
「本人と決まったわけじゃ無い。写真もってたら送れ。スマホの方に」
「わかりました、でも多分本人です」
「なんで」
「モチキの前のマンションの3階ですよね? お姉ちゃんの友達の家です」
「友達の名前は?」
「えーと確か黒沢さんです。黒沢瞳さん」
なんだと。
彼女が立っていた部屋の前に移動する。確かに黒沢さんの部屋だ。
「とにかく写真をくれ、話は後で聞く」
「だから朝話を聞いてくれればー」
確かにその通りだ。
くだらないと思ったことでも情報は貪欲に吸収しろ。
師匠の教えだった。ドジった。
俺は電話を切り、とりあえず部屋を探ることにした。
おじゃましまーす。やはり帰っていない。
ムッとした熱気が充満している。朝から換気も冷房もされていないのは明白だ。
3LDK、一人暮らしにしては広い。キチンと整頓掃除されている。黒沢さんの性格そのものの部屋だ。一つ鍵のかかった部屋があった。合鍵は無い。一人暮らしの家で部屋に鍵? 怪しい。
「妹さんの部屋じゃ無いの?」
扉にタックルをかまそうと仕掛けた時、背後からジュンが可能性を提示した。
ああなるほど。寮住まいとはいえ実家はここなわけだ。今は夏休みだし学期中も週末には帰ってくるのかもしれない。危なく女の子の部屋のドアぶち破るところだった。
「なんで妹さんがいると?」
知ってるんだ? この女。電話の会話を聞いたのか? まさか貴様も読唇術を?!
「黒沢さんに聞いたよ、初めて会ったとき」
そういえば面識があるんだったな。どうも今日は冴えない。
瞳の部屋はあきらめ室内を探索する。居間、寝室、台所。天井にサーフボードがぶら下がっている以外生活感すら希薄な部屋だ。女の匂いすらしない。黒沢さんもてるだろうに。
ジュンは後ろで「黒澤さんサーフィンやるんだ、かっこいー」などと俺に聞こえるようにつぶやいていやがった。
この街は確かにサーフィンのメッカで老若男女問わずサーフィンしている人は多い。
そして黒澤さんもかっこいい人だが、だからといってサーフィンしていない俺がかっこ悪いわけではない。
と、思わんか? と振り返ったらジュンは大きな瞳をさらにまあるくして「何言ってんの」と首をかしげた。
視線を仕事に戻すと今度は「私もやろうかなー、サーフィン」などといい始めた。
サーフボードを抱えた水着姿のジュンを想像して一瞬鼻の下が伸びたが内緒である。
で、結局何の情報を得られぬまま俺達は部屋を出た。森野から写真が送られている。確かにさっきの子だ。簡単なプロフィールも添えられている。
森野さち。松森中3年。妹より少し品がある顔をしている。姉はピース学園じゃなく公立校か。あ、そうだ。
「お前黒沢瞳さんって知ってる? ピンフの3年生なんだが」
「ピンフ言うな」
ピンフとはジュン達の学校私立ピース学園の蔑称、いや別称だ。ジュンは一瞬まなじりを吊り上げたが答えてくれた。
「私も6月に入学したばかりだし、よほど有名な人じゃ無いと知らないよ。学校裏サイトでも聞いたこと無い名前だよ」
そのサイトお前の名前はよく出てるんだろうな。美人ランキング上位らしい。森野が前に言ってた。
さて黒沢さん本人の情報が無いとなると瞳の方を探すしかないな。
黒沢さんが突然会社を辞めるとなると事件性ありと見るべきだ。時を同じくして妹瞳も失踪している。彼女に何かあった。それを探している…… が今立てられる有力な仮説だろう。さらに森野の姉さちも絡んでいるようだ。
この二人から追ってみるか。情報屋に連絡してから俺はエンタープライズに戻り現状を鍵さんに報告した。瞳の失踪を鍵さんはやはり知らなかった。がっくりと肩を落とし自分を責めているようだった。側近の妹の事でそこまで? 疑問に思ったが俺は調査を続行することにした。
プジョーに乗り込み来た道を戻る。学校に行っても今は夏休みだ。生徒も教師もいない可能性が高い。ならばもう一つの手がかりリック・ディモンドだ。自宅はわかっている。ラギエン通りのイタ飯屋さんだ。
作品名:便利屋BIG-GUN3 腹に水銀 作家名:ろーたす・るとす