便利屋BIG-GUN3 腹に水銀
おじさんがパソコンで情報検索しているうちに俺も鍵さんにもらったデータを読んでおく。当然会社には事情と情報は転送済みだ。
黒沢さんについて俺は何も知らなかったといっていい。下の名前さえさっき知ったくらいだ。
黒沢 玲司、27歳。思ったより若かった。
この街出身で両親は既に他界。父親が鍵エンタープライズに入社していた縁で鍵さんに援助をもらい大学卒業。うお?! 国立だ。頭いいんだ黒沢さん。その後鍵エンタープライズ入社、すぐに頭角を現し鍵さんの側近兼ボディガードを勤めている。家は近いな、歩いていける。家族は妹が一人。黒沢 瞳、15歳。一回り離れているのか。ピース学園中等部3年、寮住まい。ジュン達の先輩か。
その他俺が知っている事を追記するとすれば身長は180くらい、がっしりした体格で目つき物腰からして格闘技も相当な腕前と推測できる。でもなきゃ街一番の名士鍵敬三のボディガードなど務まらない。容姿は美形ではないがいつもオールバックに決めて渋く精悍な男だ。
にしても。
「暑いなぁ、この店。エアコンくらいつけようよ」
俺は暑さには強いほうだが、さすがにこの真夏にラーメンの釜ガンガン炊きながら冷房装置が扇風機だけでは堪える。だから客いないんだよ、この店。
おばちゃんは「風見ちゃんが儲けさせてくれればすぐつくよぉ」とかぬかした。
何言ってんだ。結構稼がせてるぜ俺。なにせゴールド会員だ。
「黒沢さん本人は何も変わった事は無いねぇ。ただ妹さんに捜索願が出てるねぇ」
世間話のような口調で親父さんがしゃべり始めた。
「いつ?」
「一週間前だよ」
夏休みだ。中学生が一週間くらいいなくなったって別段珍しい事じゃ無い。まぁ兄貴としては慌てるだろうが。ただ変なのは鍵さんが俺に何も言わなかったことだ。知っていれば話してくれただろう。黒沢さんの性格からして私事で社長に心配かけたくないと話さなかったんだろう。公私混同は絶対しなさそうな人だった。
なんにせよ今のところこれくらいしか手がかりが無い。当たって見るか。
「瞳さんの情報をあるだけくれ」
「さすがに女子中学生の情報はないよ。至急仕入れてその都度送る。ただ急ぐなら裏は取れない。いつもの信憑性は無いよ?」
おじさんらしい責任感ある言葉だ。
「それでいい。頼む」
コーラを一本もらってから店を出ると電話が鳴った。またジュンだ。今度は出る。
「なんですぐ出ないのよ!」
いきなり怒鳴りやがった。
こういう電話の仕方をするヤツは意外と多い。携帯電話といえど出られない時は出られない。かける時は相手の都合も考えてかけよう。小学校でそう習っているはずなのだが。
「最近女の子狙った犯罪増えてるんだから。助けを求める電話だったらどうすんのよ」
お前の安否を何故俺が保障しなきゃならんのだ。説教をかましてやろうとしたが、なんだかんだとまくし立てるのでめんどくさくなった。
「だー、忙しいんだ。何の用だ」
「さっき早安の前通ったでしょ」
お前までストーカーなのか。
「早安でバイトしてるのよ、夏休みだから」
なるほどここにも等しく夏休みが訪れている。中学生のバイトを禁止しているバカな学校は多いがピース学園はキリスト教がベースで社会奉仕はメインテーマと言ってもいい物。バイトはむしろ推奨されているらしい。うちも雇おうかな、可愛い女の子限定で。
あ、早安ってのはさっき前を通った喫茶店「早い! 安い! だけ」の事ね。
「で、なんだ暇なのか」
「バイト中に暇も無いでしょ。ちょっと顔出して店に貢献しなさいよ」
こいつもピース学園中等部だ。しかも以前学校裏サイトなんか閲覧していた。ジュンの話を聞くのも悪くないか。わかったよと返答して俺はまた北口に足を向けた。ち、また入場券か。入場券の定期は無いんだろうか。
移動中警察の知り合いに電話する。警察署長とも結構マブだがその秘書の方が通りはいいだろう。
「アリス、黒沢瞳って子の捜索願出てないか?」
暇と巨乳で知られる署長秘書はすぐにでて即答した。
「でてるわよ、見つけたの?」
「いや探すから捜査の進行状況と情報をくれ」
「そんな情報教えられるわけ無いでしょ」
声が少し慌てた感じだった。解りやすい奴め。未成年の行方不明なんて隠し事することじゃ無い。大いに情報を公開して探してもらうのが普通だ。それを鍵さんすら知らなかったというと警察は内密に捜しているということになる。内密にするという事は警察内部の不祥事か未成年犯罪という事になるだろう。だから俺は「捜査」という単語を使った。
さてアリスの口を割らせるなんて簡単だ。
「黒沢瞳のお兄さんは27歳でY国大出身。鍵エンタープライズの社長側近にして武道の達人。めっぽう渋くていい男だ。助けてあげたいと思わないか」
「独身?」
声の真剣度が瞬時に変わった。
「独身」
「じゃあ仕方ないわね」
その通りだとも。
「単なる家出じゃ無い感じね。犯罪に巻き込まれている、あるいは関わっているかも。一緒に行動しているところを目撃された少年も行方不明ね」
「名前は?」
「そこまでは職業倫理上ちょっと」
あんたに一番遠い言葉だがな。
「そいつに補導暦は?」
「ないわ。捜索願も出てる」
なんらかの少年犯罪が発生して少年Aが重要参考人。黒沢瞳はその被害者あるいは協力者という事か。
「成功の暁にはお兄さんと会食を」
トーンが下がっている。すっかり女スパイ気取りだ。
「約束しよう。職業倫理にかけて」
この情報をラーメン屋と会社に流し俺は「喫茶・早い! 安い! だけ」に到着した。
駅から歩いて1分という地の利とその名の通り早くて安いを武器に今まで生き残っている老舗喫茶店だ。店の規模は5人がけのカウンターとボックス席が2組。広くは無い。マスター一人できりもりしていたが今はジュンがバイトしているはずだ。
チリンチリンと呼び鈴が鳴る古風なドアを開けると冷たすぎる冷房の風と共に
「おかえいなさいませー!」
とハートマークつきの声で黒服のメイドさんが迎えてくれた。
「ごめん店間違えた」
180度ターンを決める俺。現役消防団員なので回れ右は得意だ。1で右足を引き両かかとを支点に2で回って3で足を揃える。その俺の首根っこをメイドさんはむんずと掴んだ。
「間違えてないよ」
じゃあ間違っているのは店の方だ。
身長150に満たない金髪緑眼の中学生バイトは黒服白エプロンという正統派メイドスタイルで俺を出迎えていた。
「何やってんだよ、お前?!」
俺の真っ当な質問にジュンはまあるい瞳で睨みつけてきやがった。
「ウエイトレスのバイトよ、見れば解るでしょ」
いや…… よくわからないぞ。
「マスター、何事だこれは?!」
カウンターの中の上機嫌なマスターに呼びかける。マスター・ジャック・マクソン氏は60近いおじさんなのだが……。
「新しいバイトさんを雇ったんだよ。それは昔からあるうちの制服。このところバイトを雇っていなかったんで使われていなかっただけさ」
嘘をつけ。
「メイドさんがおかえりなさいませーと迎えてくれるのがこの店のスタイルだというのか」
俺の質問にマスターはその通りと胸を張った。
作品名:便利屋BIG-GUN3 腹に水銀 作家名:ろーたす・るとす