便利屋BIG-GUN3 腹に水銀
まもなく奴はパトカーに乗せられ運ばれていくのだ。
少年院に入ってしまえば手は出せない。
つまりチャンスはわずかだという事だ。
俺はバイクにまたがり警察署の側の路地で待っていた。
俺はジュンを思い出していた。
ジュンと知り合ってまだ長くはない。
しかし何度も危険に遭遇し乗り越えてきた。
それでもあいつはあんな顔をしたことはなかった。
恐怖。腹の底からの怯えだった。
だからとっとと帰ればよかったのに。
そんなことを考えても俺の感情は収まらなかった。
あいつを守らなきゃならない。
理屈ではなく、そう思えた。
「来るぞ準備しろ」
イヤホンに相棒の声がした。
俺はルガーP08を取り出した。
「殺し」の時にだけ使う俺の道具だ。
1908年に制式採用されたクラシックな自動拳銃だ。
直線と曲線が噛み合う優美なデザインのこの銃をしっかりと握り上部のトグルジョイントと呼ばれるスライドを引き上げる。尺取り虫状にスライドは折れ曲がり、手を放すとシャコンとこぎみよい金属音を残して弾倉から弾丸「水銀弾」を薬室に送り込みながら元の位置に戻った。
俺はこの時点で初めて気が付いた。
震えていない?
俺は金ずくで人を殺す時、たとえ相手がどんな悪党であろうと決まって体中が震えるのだ。
理由はわからない。持病と言っていいだろう。
だが多分だが俺のちっぽけな良心が金を取っての人殺しなどやってはいけないと叫んでいるのだろう。
俺自身にかけられた安全装置だと俺は解釈している。
震えを止める方法はある。
ルガーを持ち弾を装填するとピタリと震えは止まるのだ。
これまた何故かはわからない。
ルガーを構えた瞬間、俺は俺じゃなくなるのかもしれない。
この回の「殺し」も俺は金がらみの「殺し」と思っていた。
鍵さんに瞳さんの仇を取れと言われたからやる。
そう思っていた。
だが俺は本当はそうは思っていないのかもしれない。
それがいい事なのか悪い事なのか。俺にはわからない。
しかし今はそんな事を考えている暇はなかった。
目の前の「仕事」を片づけるだけだ。
相棒が秒読みを始めた。
Go!
俺はバイクをスタートさせた。ルガーは左腰のホルスターの中だ。
前方警察署横にパトカーが止まっていて警官に引っ張られリックが現れた。
赤いベストを着せられていた。防弾チョッキだろう。
構うことはない。
俺はそのまま進み奴らの横まできた。
フルフェイスのヘルメットを被っているから誰も俺だと気づかなかった。
俺はろくに顔もそちらに向けず何気ない動作でルガーを引き抜くとリックの脇腹、防弾チョッキの隙間に向けて引き金を2回引いた。
少年のうめき声が聞こえた。
バイクをフルスロットルで急加速させる。
バックミラーに崩れ落ちるリックの姿とそれを助け起こそうとする警官、銃を抜いてこちらに向ける警官そして呆然と俺の背中を見つめるシェリフの姿が映っていた。
俺は国道に飛び出し風となって現場を後にした。
水銀弾に仕込まれた水銀は発射されると同時に急加速により弾丸後方に押し付けられる。これが目標に命中すると前述の通り弾丸は変形して目標の体内でストップする。
水銀は弾丸の急停止により前方につんのめり蝋の蓋を突き破り広範囲に飛び散って目標の体内をさらに破壊するのだ。
弾丸は脇腹に2発入った。
急所ではないから即死はしない。
だが飛び散った水銀は腸を何か所も引き裂き奴をゆっくりとしかし確実に死に至らしめる。
生きたまま腸を割かれる苦痛。
たっぷり味わってから死ね。
田んぼの向こうが祭の明かりで浮かび上がるように輝き、その中で盆踊りの調べが流れ大勢の人たちの活気あふれる声が聞こえる。
普通盆踊りは文字通り盆休みに行われるが俺の地元は帰省などで地元を離れた人達も参加できるように盆明けの週末に行われる。
他の地区と被らないため他所よりも賑わうと評判の祭りだ。
場所は例年西方寺駐車場。つい最近殺人事件の犯人が捕まった場所(しかもその犯人がこれまた殺害された)で何事もなかったかのように祭を開催してしまうあたりがこの街の力強さだ。
俺の所属する消防団は毎年焼きそばの屋台を手伝っているため俺も今回はスタッフとして参加だ。
しかし突然客人が訪れたため、ちょいと休憩をさせてもらい少し離れた場所に来ている。
客人の一人は大道組の藤崎さん。もう一人は50代くらいの東洋人、初対面だ。藤崎さんが話し出した。
「忙しい所をすまない。こちらはうちの組長の……」
「東条です」
中肉中背の男は右手を差し出そうとして…… 引っ込めた。俺が握らないと思ったのだろう。
息子ロイはいかにも悪童という外観だったが藤堂組長はとてもヤクザには見えなかった。どちらかというと控えめなサラリーマンといった見た目だった。
「実は君は覚えていないだろうが初対面ではないんだ。君のお父さんに以前世話になってね。君がまだ小さい時に顔は見ているんだ」
見た目だけではない。話し方も、なにより目つきがヤクザのそれではなかった。
この人に恨みはない。だが俺は人の昔話には興味はないしヤクザが嫌いだった。
極力失礼がないように組長の話を遮った。
「今日は何の御用でしょうか。申し訳ありませんがご覧の通り今手が離せない状況です。お話ならば明日俺の会社の方に来ていただけませんか?」
俺の声に少し棘があったのを感じてか藤崎さんは少し驚いて仲裁に入ろうと一歩前へ出たが組長は片手を上げてそれを制した。
「すまない、時間は取らせない。少しだけ話をさせてくれ」
穏やかで紳士的な態度だった。俺は一瞬で冷静になり頭を下げた。俺はヤクザが嫌いで会話を避けようとしたのではなかったようだ。
「失礼しました。俺は、どうも親父の話が……」
組長いや東条氏は苦笑しながら言った。
「親父さんの話は苦手ですか。ふふ、実はね私もそうなんだ。親父の事は嫌いではなかったが…… ヤクザの親分なんて職業にはね、嫌悪感しかなかった」
「……」
「それでも嫌とも言えず私は後を継いでしまったわけだ。本当は学者か教師にでもなりたかったのだが親父が怖くて言い出せもせず組を継いだ。情けない男が私だ」
東条氏は寂しく笑った。藤崎さんはそれに声を大きくして言った。
「そんなことはありません。組長は俺達のために働いてくれているじゃないですか!」
藤崎さんは俺を見た。
「風見君、組長は俺らやくざ者を少しでも全うにしようと堅気の仕事をいくつも請け負ってきて与えてくれてるんだ。その辺のゴミとは違うんだ」
俺はわかったよと藤崎さんに頷き東条氏の次の言葉を促した。
「君は私と似たような立場だったが親に否と言って家を出てきたそうだね。誰もが恐れるBIG-Kに逆らってね。そんな強い君と聞いたから是非会って話をしてみたくてね、やってきたんだ」
「結局は親父と同じヤクザな事をしちゃってますがね」
東条氏は笑って首を振った。
「君は悪党なんかじゃないさ」
俺の父親は東条氏と同じヤクザのトップだ。
作品名:便利屋BIG-GUN3 腹に水銀 作家名:ろーたす・るとす