便利屋BIG-GUN3 腹に水銀
1時間後、俺達は西方寺駐車場にいた。日が長い夏とはいえそろそろ太陽は傾いてきた。
「なんでこんな所で待ち合わせなんですか。家まで行けばいいじゃないですか」
あいかわらずリックは焦りまくっている。まあそれは軽くいなせばいいんだけど今はそれに加えて。
「本当ですよ、こんな所で油を売っている暇はないじゃないですか」
リックの姉アリアさんまでいらっしゃる。
お言葉ですが姉弟そろってこんな所って。ここは平安時代から続く由緒正しいお寺ですよ。
いちいちおねーさん呼ぶなよ、さっき会ったじゃねーか。子供か。あ、いやこいつまだ13歳か。
「車で行きにくいうちだし、何かとここの方が都合がいいんです。なにそろそろ来ますよ、ほらきた」
西方寺の南側は広い田んぼが広がっていて見通しがいい。農道の真ん中を必死に走ってくる自転車が見えた。
森野、妹の方のめぐみだ。
暑い中全速力で来たのだろう。全身汗ぐっしょりだった。到着と同時にハンドルにぶら下がっていたスポーツドリンクを一気飲みすると息を整えて鞄から例の皮ケースを取り出した。
「持ってきましたよ!」
「ジムがさちさん送っていっただろ? それに乗ってくればよかったのに」
めぐみはそれに大きく首を振った。何事にもオーバーアクションなのがこの娘だ。
「家に着いたらおねーちゃん泣き出しちゃって。ジムさんずっと慰めてたから来られなかったんです」
ジムらしい。目に浮かぶ。
それはそれとしておねーちゃんがそんな状態なのになんだお前。おねーちゃんジムさんと二人で車乗ってきて、その上慰めてもらってずるい。私もジムさんに送ってもらいたかった…… って顔に刻印されているぞ。
まあいいや。本題に入ろう。
「ライカなんだけど、ああデータだけでいいや」
そう告げると森野はあからさまに不満な顔をした。
「先に言ってくださいよ、これ結構重いんですよ」
言いながらライカを取り出しデータカードを引き抜く。
そして……。
「はい、三郎さん!」
目の前の俺ではなく三郎に差し出しやがった。
三郎は手を伸ばしそれを受け取った。
瞬間、俺の前を影が走った。その影は三郎の手に絡みつきデータカードを奪い取った。そいつは少し走って俺達から離れるとカードを地面に叩きつけると力任せに踏みつけて完全に破壊してしまった。
森野とジュンは驚いて言葉を失ったが俺と三郎は冷静にそいつを見つめていた。
「なんの真似だ、リック」
俺は勝ち誇って高笑いしだした赤毛の坊やに問いかけた。
「これを探してたんだ。こんな物があっちゃ困るんだ」
今までの大人しい少年の顔は無く、そこには邪悪な笑顔がはじけていた。
俺はため息をつく。
「一週間前、瞳さんが行方不明になった日。お前と瞳さんが一緒にヤクザの車に乗っていたのが写っていたからか?」
笑顔が凍った。
「な、なに?」
「お前は事件当日ヤクザたちと一緒に瞳さんと会っていた。しかもそれを隠して証拠隠滅までした。これはつまり瞳さんをさらったのはお前って事だよな。瞳さんはどこにいる」
俺の言葉にリックはまた笑い出した。
「何を言おうと証拠はもう無いんだ。誰も僕を裁けない! 僕に何もできないんだ!」
俺はなお冷静だった。
「って事は瞳さんはもう?」
やつの笑顔はさらに邪悪に変化した。
「この世にいないさ! あいつ僕と大道組が繋がっているのに気が付きやがってうるさく言ってきやがったんだ。これ以上付きまとわられたら親父の事件の事も気づくかもしれない。だから消えてもらった」
「お父さんもお前らが殺したのか」
リックは勝ちに酔っていた。しゃべらなくていい事をべらべら話す。
「ああ、あのじじい折角高額で駅前の土地が売れるっていうのに断りやがった。駅前開発中の今売らなきゃ二束三文になっちまうってのに。日頃から口うるさくて役に立たねぇ。だからあの土地を買いたい不動産屋に雇われたヤクザと手を組んで殺してもらったんだ」
不動産屋ってのは鍵エンタープライズだな。そしてこの件の担当は。
「貴様!」
怒声が辺りを切り裂いた。駐車場の隅の物陰からリックよりも二回りは大きい男が凄まじいスピードで走り出してきた。
俺は男に走りリックに到達する直前にタックルをかけて地に倒し腕を極めて取り押さえた。
普段の彼ならこんなに簡単には捕らえられなかった。
冷静さを失って俺など目に入らなかったのだろう。
「貴様よくも瞳を妹を!!」
黒沢さんはなお俺など無視してリックに吠えた。手を離せば一瞬でリックの首をへし折るだろう。
リックは黒沢さんの憎悪を受けながらもまだ笑っていた。
「瞳のアニキか! あんたの妹には最後に楽しませてもらったぜ!」
リックの悪魔の言葉に黒沢さんは雄たけびを上げ俺を振り払おうとした。
「放せ! こいつを、こいつを殺す!!」
「だめだ、黒沢さん」
「そうだ、だめだ!」
張りのある大きな声がした。
同時に寺の門の陰から大勢の男が現れた。
先頭には警察署長エバンスがいた。男達は警察官だ。
エバンス署長、シェリフという愛称で呼ばれる黒人男性は悠然とリックの前に歩み寄ると静かに、しかし厳しい声で告げた。
「リック・ディモンド。話は聞いた。警察署まで来てもらおう」
リックは青ざめて後ずさった。
「な、何を言っているんです。今のは冗談ですよ。僕が人殺しなんかするわけないじゃないですか」
あまりの白々しさにシェリフは顔をしかめた。
「それに証拠もない」
「証拠ならあるぜ?」
横から反論が上がった。リックが振り返ると三郎がデータカードを示した。
「な?」
リックは地面に転がる自らが破壊したカードを見た。それはもちろんいぜんとしてそこにある。
「すり替えた。俺は手品得意なんだ」
三郎がお前ごときに証拠を奪い取られるようなヘマするか。
「写真ならとっくに俺のスマホにも送られてるぜ。警察の方にもな」
俺の言葉にシェリフは頷いて横にいた巨乳な秘書アリスからタブレットを受け取って写真をリックに見せた。
銀色のブルーバードに乗る悪そうな男二人と瞳とリックが写っていた。
さっき会社を出る前に俺はリックのいない所で色々と手を打っていた。
森野に連絡し写真のデータを俺に送ることを告げ届いたデータを情報と一緒に警察に転送し今回の作戦を依頼した。ああ森野が三郎にデータを渡したのも打合せ済みだ。さっきみたいな状況になるかもしれないと予想していたので小細工をさせてもらった。ライカのデータカードを用意しておいて三郎にすり替えさせたのだ。
最後に問題だったのは黒沢さんだった。
俺達の任務はリックを捕まえることじゃない。黒沢さんを鍵さんに会わせることだ。リックを餌におびき寄せるしかなかった。
黒沢さんのSNSに一応情報を送ると同時に黒沢さんがラーメン屋の情報屋を使っていたのを思い出し、もし黒沢さんが接近してきたら情報屋に俺たちが集めた情報を回してあげるように伝えておいた。
うまく情報屋を通じて黒沢さんが接触してきたのを知って準備が完了したのだ。
お寺の駐車場を使わせてもらったのはうちや森野の所より黒沢さんが来やすいと思ったからだ。
作品名:便利屋BIG-GUN3 腹に水銀 作家名:ろーたす・るとす