便利屋BIG-GUN3 腹に水銀
さちはもう一口紅茶を飲むとゆっくり話してくれた。
「友達の瞳ちゃんに頼まれてあの部屋に行ったんです。でも最初に行った時、怖い人達が来て絡まれて逃げ出して……。家に帰ろうと思ったんですけど家まで見つかったらと思うと怖くてそれでどうしていいかわからなくなって隠れていたんです」
「無理もない。誰だって冷静ではいられないさ」
ジムは半べそを掻きながら話す少女に頷きながら言った。優しい声と表情だ。俺にはできまい。三郎はできるだろうがお芝居だ、多分。
「でもそんなに怖かったのにあの部屋に何故戻ったの?」
ふーむ、俺達と最初に出くわした時、俺が怖い人に見えて逃げたわけか。で、また隙を見て戻ってきた。
さちは2回頷くとまたゆっくり話し始めた。
「瞳ちゃん必死そうな声だったんです。大事件の証拠だから必ず警察に持って行ってって。自分も行くつもりだけど捕まるかもしれないから。関係ない私なら安全に運べるだろうって。でも私、あの人達にばったり会ったらパニック起こしちゃって写真を取りに来ただけだなんて言わなくていい事までしゃべっちゃって台無しにしちゃったの! なんとかまた逃げ出して行く所が無くてあの部屋に隠れたんです」
さちは泣き出してしまった。
何度も女子中学生に逃げられるとは情けないヤクザどもだ。
ジムはその肩に手を置いて励まそうとした。
しかしそれを遮る声があがった。
「それでその写真には何が写ってたんです?! それはどこにあるんですか!」
リックだった。今までにない大きな声、血相変えた表情。いくら瞳が心配とはいえ目の前にいる女の子にも気を使えよ。それに……。
さちは少し驚いたようだが質問に答え始めた。気丈というより責任感だろう。友人の必死の頼みを少しでも貫徹したいという。
「殺人事件の証拠が写ってたって。動かぬ証拠だから。自分はまず被害者の家に行くからとも言ってました」
被害者の家まで知っている殺人事件となると友人のリックの父親の事と考えられる。しかし…… しかし。
「鍵は? 瞳さんの部屋の鍵はどうして持っていたの?」
「ポストに入れておくって……」
「会った時に直接もらったんじゃないんだ」
さちは頷いた。
「会ってはいないんです。メールが来て頼まれたんです」
「なるほど」
さすがはジム、俺の聞きたい事は皆聞いてくれた。
俺は三郎にもういいかな? と目くばせした。三郎は察して頷いた。
「いいかな、さちさん」
俺は割り込んだ。
「君はメールで頼まれて瞳さんの部屋に行った。鍵も用意されていた。で、写真は手に入った?」
さちは首を振った。「見つかりませんでした」と小さくつぶやいた。
「怖い男達は君が部屋に入って割合早く現れた。違う?」
「いえ、5分もしないで来たと思います」
俺はうんうんと頷いて告げた。
「少し矛盾がある。いや君が嘘をついているって意味じゃないよ」
さちは瞳を大きくして俺を見た。
「瞳さんは君に写真を持って行ってもらいたかった。部屋の鍵まで渡してだ。にも拘らず肝心の写真の置き場所を君に告げていない。これはおかしい。それに……」
一息置く。
「わざわざ君に持って行ってもらうより警察に直接メールした方がよくない? まさかフィルムで撮ったわけじゃないだろ? 今時に」
さちは「あっ」と声を上げた。
「でも本当に瞳ちゃんからメールが」
「メールを本当に瞳さんが打っているとは限らないんじゃ?」
俺の言葉にさちの顔色がどんどん青ざめていく。
ごめん、これが俺の仕事なんだ。
「瞳さんは本当はそんな写真は持っていないんでは?」
俺の言葉に三郎は異を唱えた。
「だがさっきのヤクザどもは女にまずい写真を撮られたと言ってたぜ」
三郎は俺の考えがわかっていて俺の次の言葉を呼ぶために言ったようだ。まるで反論しているようではなかった。
「写真はあるんだろう。でもそれは瞳さんが撮ったものではない」
さちは俺を凝視した。
「君が撮ったんだ、さちさん。瞳さんからのメールも鍵を置いたのもあのヤクザ、大道組のやつらだ。君をおびき出す罠だったんだよ」
さちは恐怖で倒れそうになった。とっさにジムが両肩を支えた。
「で、でも」
さちは叫んだ。
「私そんなもの撮ってません!」
「何か別の物を撮っていて写り込んじゃったんじゃないか? 瞳さんか、その近しい人を撮ってどこかに公開してないか?」
さちは少し考えたが首を振った。
「公開なんて…… 」
しかしすぐに思いつく事があったようだ。
「私、瞳ちゃんの写真を撮って彼女にメールしただけです。事件の証拠なんて……」
「どんな写真?」
するとさちは恥ずかしそうに目を伏せて言った。
「その…… 彼女最近男の子と付き合ってるって噂を聞いて隠し撮りして…… 。で、メールでこの子だーれ?って冷やかしただけです」
情報は正しかった。おねーちゃんの方は少しまともかと思っていたが妹と同じかよ!
俺が若干精神にダメージを受けた隙にまたリックが割り込んできた。
「その写真、何が写ってたんです?! どこにあるんです」
俺はちょっと待てとリックを引っ込めようとしたがこいつは尚引かなかった。
「でも瞳さんに繋がる糸はもうこれだけでしょ? 確認して瞳さんを追わないと!」
「落ち着けって」
「落ち着けませんよ! 今の話が本当なら瞳さんは今」
そこで俺は叩くようにリックの口をふさいだ。
さちも気づいたようだった。顔面蒼白どころではない。
仕方ない、俺は推理を続けた。
「瞳さんは何らかの理由でヤクザに捕まった。そしてスマホを取り上げられた。そこにさちさんからの写真が送られてきてヤクザの目に入る。それが奴らにとってまずい物だったので、さちさんをおびき出し写真を奪うつもりだった」
一同は静まり返った。
女子中学生が無法者のヤクザに捕まって身の安全が確保されているとは思えない。
どういう目にあっているのかは想像するに難しくない。
最悪の場合も予想できる。
「その写真はスマホで?」
俺は友達を思う少女の心を無視して話を進めた。しかしさちは強い娘だった。
「いえ…… お父さんのカメラを借りて…… データもまだカメラの中に」
お父さんのカメラ?
「あの、ライカ?」
さちは頷いた。
ちぃぃっ、もらっとけばよかった。
「行きましょう風見さん!」
リックが叫んだ。俺が頷くとリックはガレージに走っていった。
俺はすぐには追わず仲間に色々と指示を出す。
って……。
ジュンがまだいた。
「お前もう帰れよ」
あきれたように言うとジュンはあからさまに怒った顔をして「何その言い方」とむくれた。
「危ないから帰れって言ってるんだよ」
「ケンちゃんたちがいるじゃん」
ジュンはそう言って外ではなくガレージに向かっていった。
なんで俺達がお前を守らなきゃいかんのだ? 俺達のボディガードは仕事だぞ。有料だぞ。
せめてほっぺにチューでもしてくれるんならサービスしないでもないが。
気を取り直して俺はスマホを取り出した。
「森野、おねーさんを保護したぞ。あのライカを持って来てくれ」
作品名:便利屋BIG-GUN3 腹に水銀 作家名:ろーたす・るとす