便利屋BIG-GUN3 腹に水銀
さちは黒沢さんの部屋の前にいた。俺達もそこに行けたわけだが、それは鍵さんから合鍵を借りていたからだ。あのマンションはセキュリティがしっかりしている。鍵がなければロビーにも入れないし、そこには管理人もいた。となると、さちは鍵を持っていたことになる。いくら友達とはいえ合鍵まで持っているとは考えにくい。一人暮らしならともかく兄貴まで一緒に住んでいるんだ。
「よほどの事があって瞳から託されたんだな」
ジムがまとめた。そう考えるべきだろう。ではなぜ鍵を渡したか。部屋に代りに行かせたか。
「例の写真が部屋にある?」
俺が仮説を述べるとリックが立ち上がった。
「行きましょう」
いてもたってもいられないという表情だ。
「瞳さんの手がかりがあるかもしれません。急ぎましょう」
坊やはもう外に駆け出そうとしてやがる。俺はそれをまぁまぁと止める。
「気持ちはわかるがお前が行ったって仕方ないだろ。俺達が見てくる。お前はここにいろ」
だがリックは引かなかった。
「嫌です。僕も行きます。どこなんです、瞳さんの家は」
やれやれ面倒くさいな。
「三郎来てくれ。ジムとジュンはここで連絡待ち。しかたねぇリックも来い」
三郎は無表情で頷きリックは笑顔で部屋を飛び出した。
ガレージに向かうため一階まで降りてくると店に一人の女性が入ってきた。リックの姉、アリア・ディモンドさんだった。さっきリックが連絡したから駆けつけたんだろう。
服装は店にいた時と同じまま、エプロンを外しただけだった。血相を変えるとはこういう事を言うのだろう。先ほどの落ち着いた感じはなく青ざめた顔で店内をキョロキョロと見回していた。
「姉さん」
俺のすぐ後ろにいたリックが声をかけるとハッと振り返って弟に駆け寄ってきた。
「リック! 怪我は? 大丈夫なの?」
隣にいる俺にはさっぱり気づいていないようだった。リックはさすがに一歩引いて姉をなだめた。
「大丈夫だよ姉さん。風見さんが助けてくれたんだよ」
その言葉でアリアさんは理性を取り戻した。やっと俺の存在を知ったようだ。
「あ…… 風見さん。弟がお世話になりました」
取り乱して気恥ずかしかったのか、ちと不自然な硬い挨拶を彼女はした。
俺の「いえいえ」という社交辞令を聞くとアリアさんはまた弟に向き直った。
「さあリック。うちに帰りましょう」
いや、そうはいかんだろ。リックも慌てて首を振った。
「駄目だよ姉さん。警察に捕まっちゃう。僕はまだやる事があるんだ」
アリアさんは事態をつかめていない感じだったので俺が代わって掻い摘み状況を説明した。
反論するかと思ったがアリアさんは納得してくれた。
「わかりました、弟をお願いします」
キチンと俺に頭を下げてくれた。そしてリックに鞄を渡した。
「お金と着替えが入ってるわ。気をつけて」
リックはただ「ありがとう」と言って受け取るだけだった。連れ帰るつもりだった割には準備がいい。こうなることを察していたのだろうか。何しろ肉親だ。そのくらいの事は簡単にわかるのかもしれない。
プジョー106の足取りは重かった。調子が悪いわけではない。先日オイル交換したばかりだ。しかもMOTUL300V、リッター3000円以上する高級オイルだ。
にもかかわらず遅い原因はたった一つ。4人も乗っているからだ。
1600しかない我がマシンは荷物積んだり人が乗ったりすると、てき面に運動性能に現れる。
おかしい。3人で来るはずだったのに……。
「重い」
ストレートに口にすると後部シートから苦情が来た。
「なによ、だったらもっと大きな車で来ればよかったじゃ無い」
バックミラーに大きな緑の瞳が睨みつけているのが映っていた。
無理やり乗り込んできて何を抜かすこの女。
「うちにはあとはランクルとエルカミーノしかねーんだ。駅前の駐車場にあんなデカイ車置けるか」
何故か我がマシンに留守番担当のジュンが潜り込んでいた。106は車格の割りには中は広いほうだがやはり4人乗りは辛い。ああ一応5人乗りなんだが全長4mに満たないAセグメントのハッチバック車なのだ。フル乗車はちょっとね。
「駅の側なんですか? ならそんなに遠くないし、いいじゃないですか」
後部シートからリックが言った。深刻な事態のはずだがさっきよりちょっと声が明るい気がする。隣にジュンが座っているからだろうか。まぁジュンが狭い車内で横にいれば大概の男は多少は機嫌がよくなるだろう。
リーンリーン。
俺の携帯が呼ばれている。常にマナーモードにしてあるから今のはイメージだ。
相手を確認してから耳に差してあるマイクのスイッチを入れる。
「私の妹に随分冷たい仕打ちしてくれるじゃない」
電話の声は怒っていた。怒られる覚えは無い。
この妹とは瞳でもめぐみでもないのは明白だ。声の主は知っている。ジュンなんか比較にならない美女だ。
「妹がいたとは初耳だ」
「最近出来たのよ」
まさか…… いかに俺が悪党とはいえ赤ん坊に悪さしたことは無い。
「妹というのは……」
心当たりがあった。その名を口に出そうと思ったがやめた。すぐそこにジュンがいる。こいつに気なんか使わなくてもいいんだが。
「瀬里奈ちゃん慣れない家に一人でいて寂しいのよ。気を紛らわせようとして勉強したり体鍛えたり。で、夜になると携帯見つめてため息ついてるわ」
ここで電話の声もため息をついた。
瀬里奈、松岡瀬里奈とは俺の幼馴染だ。長い事会ってなかったんだが最近再会した。ある事件で天涯孤独となってしまったため俺の実家に引き取られている。あいつの親父さんと俺の父親は親友だったのだ。
で、電話の主はジェニー・フラント。俺の兄貴の彼女…… というか婚約者だ。長身の金髪美人の上、格闘、射撃等の護身術も超一流。知性も抜群で気配りも出来るスーパーレディーだ。
「俺はあいつに何もしてないぞ。苦情を言われる覚えは無い」
「何にもしないのが問題なんじゃない!」
ジェニーさん、イヤホンで聞いているので大声は勘弁してください。
「電話の一本くらい入れなさいよ! 瀬里奈ちゃん見てると私も泣けてきたわ! たまにもててるからっていい気にならない事ね」
いやべつにそんな気は毛頭。
「クナイトなんて私に日に最低2回は連絡してくるわ。仕事はあなたの倍は忙しいわよ」
この人はスペック的には非の打ち所がないが、二言目にはのろけ話になるのが玉に瑕だ。
「それはケンちゃんが悪いわ」
耳元で突然声がした。うわ、緑色の大きな瞳が俺のすぐ横に接近していた。
「ああ最低だな」
隣の席から相棒まで相槌を打った。
「何で聞こえてんだよ!」
「それだけ大きな声で話してれば聞こえるわよ。狭い車内何だから」
ふむむ、ごもっともで。
「別に瀬里奈は彼女でもねーし、文句言われる立場じゃ無い。しらねーよ」
言われて電話するってのもなんかな。
「ひどい、そのうち世界最高の殺し屋に狙われるわよ」
ジェニーはわざとらしい嘘泣きをして見せた。その殺し屋ってのは、あんたの男の事だろ。
俺はとてつもなく取り込んでいる事と近日中に連絡する旨を伝えると電話を切った。
作品名:便利屋BIG-GUN3 腹に水銀 作家名:ろーたす・るとす