便利屋BIG-GUN3 腹に水銀
「言っておくがさっきの人に手荒なことをするなと言ったのは、あの人を犯罪者にしたくなかったからだ。俺がお前を締め上げるのは全く問題は無い。優しく言っているうちに話したほうがいいぞ。俺はお前に付き合って携帯を切っている。こうしているうちにもデートのお誘いが来るかもしれない。お前がもたもたしているうちにチャンスを逸したら責任を取ってもらうぞ」
リックははじめてクスリと笑った。なんと失礼な。俺はもう一度促した。
「話せ、俺が味方のうちにな」
リックはついに細い肩を震わせて弱々しく頷いた。
「実は僕のお父さん…… 殺されたんです」
リックの父親アーノルド・ディモンドはさっきの店のマスターのはずだ。しかし言われてみれば俺はマスターの顔は見ていない。料理を作っていたのは他の誰かだったのか。
「父は駅前の地主なんです。駅前の開発でその土地が引っかかって建設会社に売ってくれと持ちかけられました。しかし父は売り渋ったんです。そうしたらヤクザが嫌がらせをするようになり……」
「殺されたって言うのか」
殺人事件なら新聞に載るだろう。ラーメン屋の情報にもそれは無かった。
「自殺したことになってました。首を吊った状態で見つかりましたから」
リックは顔を膝にうずめた。
「父は一人で出かけました。そして父の乗っていた車が高速道路の路肩に駐車しっぱなしになっているのが見つかりました。しばらくして高速脇の林の中で針金で首を吊っている父が発見されたんです」
今時自殺なんて珍しくは無い。ニュースにはならなかっただろう。ラーメン屋もまだそこまで情報が集まっていなかったか。
「その状況だと確かに事件性があるかもしれん。しかし確定も出来ないな。それに瞳さんとどう関係がある」
リックはそのままの姿勢で続けた。
「瞳さんは以前うちが近かったんで知り合いだったんです。お兄さんが不動産会社に勤めてたんで土地の売買の件で偶然再会して。父とお兄さんが揉めているのを気にすることは無いと慰めてくれました」
優しい子なんだな。相当お兄さんに可愛がられて育ったんだろう。
それはともかく黒沢さんがリックの親父さんと揉めていたのか。黒沢さんは正確には不動産屋じゃないがリックには区別がつかなかったんだろう。やはり鍵エンタープライズが駅前開発に絡んでいたか。いや当たり前のことだ。意外でもなんでもない。
リックは続けた。
「父は一人で車で出かけて自殺したことになっているんですが瞳さんは父の車にヤクザが乗り込むところを目撃したらしいんです」
「ヤクザが一緒に乗っていたんなら自殺の線は消えるな」
リックは顔を上げて頷いた。
「瞳さんはその事を警察に言いに行こうとしてくれたんですが、そのまま行方がわからなくなって…… それで僕心配になって……」
「怪しいのはヤクザ。ロイがそのヤクザの組長のせがれって知ってたのか」
リックはまた顔を伏せた。
「同じ学校でよく脅かされて金取られてましたから」
親父が親父ならガキもガキか。まぁ俺も人のことは言えないか。
「そんな相手に瞳さんのことを聴きに行ったのか」
リックはますます声を小さくして言った。つぶやいたといってもいい。
「あいつなら…… 知っているかもしれないと思って……」
「勇敢じゃないか」
俺はリックの細い肩を叩いた。
「それほど助けたいか」
リックは一瞬俺の目を見たが恥ずかしそうに反らしてから小さく頷いた。
「警察は瞳さん失踪の重要参考人としてお前を追っている。警察に追われてヤクザに睨まれてでも助けたいか」
今度は力強く頷いた。
「よし、なら力を貸してやる。立て。ついてこい」
赤毛の少年は弱々しくだが立ち上がった。
「ところでお前武器持ってるか?」
リックはまた「え?」と言った。
「お前が武器も持たずにヤクザの息子に会いに行くとは思えない」
リックは少し躊躇したが懐から小さな銃のようなものを取り出した。
「スタンガンです」
珍しいガンタイプのスタンガンだった。通常の電気ショック型のスタンガンは直接相手に押し付けて高電圧で相手を気絶させるのだが、こいつはばねの力で2mほど帯電した弾を発射できる。通常の物の方が確実だが相手に接近しなくていいというのは護身用としては捨てがたい魅力だ。
俺は懐からスパッと銃を抜いた。狙いはリックの胸。予想外の行動にヤツは思わず飛びのいた。俺は冷たい声で言う。
「そいつをよこせ」
「な、なんですか! 今助けてくれるって」
当然の反応だが俺は冷淡この上ない口調で言った。
「俺は銃を持った他人と一緒に行動できるほど自信家じゃ無い。それは俺が預かる」
「これはスタンガンですよ?」
小さな銃を軽く両手を上げながら示した。俺はそれに頷き返す。
「一発で相手を沈黙化できる。ある意味拳銃より危険な武器だ。よこせ、お前の身は俺が守る」
本物の拳銃を突きつけられたことなどないのだろう。リックは怯えて俺にスタンガンを渡した。それをポケットにしまうと俺は森を歩き出した。
「来い、ひとまず落ち着けるところに行く」
森を登りきると小さな外人墓地がある。これを右に曲がるとゴルフ場が広がっている。これを迂回しながら進めば人目につかず移動する事が可能だ。
山を歩き出してまだ10分ほどだがリックのヤツは、はぁはぁいいだしていた。
「体力ないなぁ」
声をかけると赤毛の坊やは唾を飲み込んで顔をあげた。
「すみません。運動は昔からからっきしで……」
まぁそんな感じの風貌だ。瞳と再会できたとしてこれでハートを射止められるだろうか。なにしろお兄さんがあれだ。強い男は見慣れているはずだ。
「あなたは変わった人ですね」
今度はリックの方から話しかけてきた。
「なんでだ」
振り返らなかったからリックの表情はわからない。
「さっきの瞳さんのお兄さん? との格闘見ただけでものすごく強いのがわかります。なのに何故僕なんか警戒するんです?」
責めているようではない。単なる好奇心のようだ。
俺は少しため息をついてから応えた。
「悪いな。初対面の人間にはついな。それにお前がどんなに弱くても銃を持っていれば俺を殺す事はできるぜ」
リックはそんな事はしませんが…… と呟いた後、続けた。
「身体検査したわけじゃ無い。まだ隠し持っているかもしれませんよ」
「お前の服装じゃもう隠しようがない。せいぜいポケットナイフくらいだろう。今俺とお前は2mちょい離れている。武器がナイフなら十分対処できる」
「後ろも見ないでよく解りますね?!」
「足音、息遣い、雰囲気。全部注意しながら歩いている。変な気起こすなよ」
俺の冷徹な声に今度はリックがため息をついた。
「友達にはなれそうもありませんね」
俺はさすがに苦笑した。
「すまんな…… 人見知りは俺の欠点だ」
リックは、いえ…… と言った後またしゃべらなくなり息を切らせ始めた。
雰囲気が暗い。少しは打ち解けたほうが後々話が聞きやすいか。
森の中はもちろんのこと、今歩いている道も舗装などされていない。あいつの話題で和ませるか。
「ジュンが靴持ってきてくれて助かったな」
「さっきの女の子ですか? 彼女ですか?」
作品名:便利屋BIG-GUN3 腹に水銀 作家名:ろーたす・るとす