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春の嵐の前に

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「白田潤です」
黒板に名前を書いて、俺は頭を下げた。
「白は白黒の白。田は田んぼの田。 潤は潤うって書きます。ヨロシクです」
やれやれ。これで五回目の転校だった。
「それじゃ、潤くんは、考太くんの隣に座りなさい」
俺の自己紹介が終わると、庄司先生は空いている席を指差した。
「よろしくね」
席につきながら、俺は考太と呼ばれたその生徒にあいさつした。
「自己紹介なんて、ほんとくだらないよ」
俺の顔も見ずに、そいつは言った。
なんだ? こいつは?
「あいさつなんてされても、ぼくは誰とも友達にならないよ」
なんだ? このマイナスのオーラは?
俺の頭に、たくさんの疑問符が浮かんだ。

昼休みになると、孝太は席を立って、すうっとどこかへ行ってしまった。
俺は、前の席に座っている生徒に、孝太のことをたずねてみた。押川という生徒だった。
「ああ、ネガティブ王子か」
「ネガティブ王子? なんだ、それ?」
「後ろ向きのことばっかり言ってるからだよ。あいつの暗さは、年季が入ってるからなあ」
なるほど。
「あいつ、俺より、ひとつ年上だよ」
押川は言った。
「だけど、ずっと学校へ通ってなかったから、とりあえず六年の途中から始めたんだ」
俺と同じだ、と俺は思った。俺も転校ばかり繰り返していたせいで、二年据え置きされている。
「それにしてはチビだなあ」
「発育不全じゃねえの」

あくる日。
登校した俺は、教室の入口に貼ってある大きなカレンダーに目をとめた。
十月二十五日。今日の日付の所に「坂口考太くん。誕生日」と書いてあった。
「ハッピーバースデー!」
すでに席についていた考太に、俺はそう声をかけた。
「アンハッピーバースデーだよ」と、孝太は言った。
「誕生日なんて、ほんとくだらないよ」
「祝ってくれる人とか、いないのかよ?」
「誰もいないよ」
孝太はため息をついた。
「あーあ。大人に近づいていくなんて、つまらないよ。きっとつまらない大人になって、つまらない毎日を送るんだろう。ウンザリだよ」
ほんとにネガティブ王子だ、こいつは。
「そんなに後ろ向きのこと言ってると誰にも好かれないぜ」
「ぼくは別に誰かに好かれようなんて思ってないよ。今はね」
孝太は肩をすくめた。
「もっと小さかったころ、ぼくは何度も願ったよ。だれか、ぼくを好きになっておくれよ。好きになってほしいんだって。だけどもう、待ちくたびれたんだよ」
「おいおい」
「かわりにぼくは憎むことにしたんだ」
「何を?」
「まわりのすべてさ」
駄目だ。これは。
「さっきの言葉は訂正するよ。だれも好きになってくれないってことはないだろう? 整った顔してるしな」
「ああ。良く言われたよ。女の子みたいねって」
孝太は肩をすくめた。
「小さい頃はそれでも良かったんだ。別に嬉しくもなかったけど、それはほめ言葉だったから。それが今じゃ、女みたいなヤツだって言われる。言葉は同じでも、意味は大違いさ」
何を言っても駄目だ。これは。

翌朝、孝太は青白い顔で登校してきた。
「昨日の夜も喘息か出たんだ」
孝太は肩で息をしながら言った。
「喘息の苦しさってわかるかい? もう最悪さ」
「おい。大丈夫か?」
「ぼくはもうくたくた、ボロボロさ。いっそ、死んでしまいたくなる」
「学校、休んだ方が良かったんじゃないか?」
「家にいたくないんだ」
「じゃ、保健室行こ。保健室」
俺は孝太を保健室へ引っ張っていった。

「いいか。おとなしく寝てろよ」
「ああ」

結局、その日一日、孝太は保健室にいた。
「潤くん。ちょっと」
その日の最後の授業が終わると、俺は庄司先生に手招きされた。
「孝太くんを家まで送ってやってくれ」
庄司先生は、俺の肩をぼんとたたいた。
「大丈夫だと思うが、念のためな」

「孝太。おまえ、どうしてそんなにまでして学校へ来るんだ? 学校、そんなに楽しいか?」
孝太をうちまで送り届ける道すがら、俺は孝太にたずねてみた。
「ぜんぜん楽しくなんかないよ。学校はロクでもない所さ」
「じゃあ、なんで…」
「一度休んだら家から出れなくなりそうだから」
孝太はぽつりと言った。
「ぼくは家から外へ出られなかったことがあるんだ」
「出られなかった?」
「うん。出たくても出られなかったんだよ、本当に。だからぼくは、はってでも学校へ行くんだよ」

俺と孝太は、なだらかな坂を登っていった。
「遠いな。まだか?」
「いや」
孝太は首をふった。
「ここだよ」
大きな門を見あげて、俺はあっけにとられた。
孝太のうちは大邸宅だった。

まっ赤なじゅうたん。豪華なシャンデリア。
ソファーに体をすくめていると、よぼよぼのばあさんが、紅茶を運んできた。
ばあさんは、何も言わずに紅茶をテーブルに置くと、ドアから出ていった。
やがて、でっぷり太ったおっさんが、ドアから入ってきた。
「面倒をかけたね。きみが孝太くんをここまで送ってくれたのか」
おっさんが話すと、たるんだ腹がだぶだぶゆれた。
「孝太くんは体が弱くてな」
「おい、誰だよ?」
俺がそっと耳打ちすると、
「父さん」
孝太は答えた。
「みたいなもん」
「まあ、ゆっくりして行きなさい」と、おっさんが言ったとたん、スマートフォンが鳴った。
おっさんが話し始める。
「なんだと! 何やってる! なんとかしろ!」
おっさんは、電話の向こうの相手を怒鳴りつけた。
「おまえはクビだ! クビ!」
おっさんは言い放つと、電話を切った。
「まったく使えないヤツが多くて困る。いや、すまなかったね。これから会社に戻らなければいけない用事ができた。私はこれで失礼するよ」
おっさんは慌ただしくドアから出ていった。
「忙しいんだな」と、俺は言った。
「坂口さんは会社をいくつも経営してる。だから忙しいのさ」
孝太は肩をすくめた。
「なあ、孝太の父親。なんで孝太のこと、くん付けで呼ぶんだ? それに孝太も自分の父親のこと、坂口さんて、おかしくないか?」
「坂口さんは、本当の父さんじゃないからだよ」
孝太はあっさりと言った。
「このうちに来るまで、ぼくは施設の子だった。坂口さんは、ぼくを自分の子供とは思わない。ぼくも坂口さんを父さんとは呼ばない。そういう取り決めなんだ」
「なんか変だよ、それ」
「だって、しょうがないだろう。そうなってるんだから」
「それで孝太はさみしくないのかい? このうちには他に誰かいないのかよ?」
「坂口さんと吉永さんの他には、誰もいないよ。坂口さんがうちにいることは珍しいんだ。手伝いの吉永さんも、用事がないかぎり、部屋から出てこないしね」
孝太は言った。
「ぼくはたいてい一人だよ」
この広い家に、いつも一人なのか。
俺は孝太が気の毒になった。

あくる日の図画工作の時間。
考太の描いている絵に目がとまった。
「いい色だすなあ」
俺は思わず言った。
作品名:春の嵐の前に 作家名:関谷俊博