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機巧仕掛塔ラステアカノンのトルティーネ

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「起きたかトルティ」
 窓枠から飛び出したゼンマイを回すと、鎖で繋がれた“からくり”がゆっくりと動き出しました。どこかに収納されていた足場が一段一段飛び出し、みるみる階段が出来上がります。
 まだふらつく足取りで階段を下りたトルティーネに、話しかけたのはブリキで出来たうさぎの人形でした。赤や青、黄色といった可愛いらしい花々が咲く庭園で、レンガ造りの花壇の上に腰掛けています。体と同じ大きさはある本を閉じると、その四角い顔を上げました。
「う?ん・・・。今日もおはよう?うっさ?ん」
「ぴぃ」
 トルティーネはまだ開ききっていない目を向けて挨拶をします。長い髪を纏めて入れた、ネジの細工があしらわれた大きめの帽子の上には、上機嫌のぴぃが当然のように乗っかっています。トルティーネの頬っぺたには赤い丸がまだくっきり残っていました。
「あれだけ大声を上げたのに、まだ眠いのか?」
「う?ん・・・なんか、毎日喰らってるとなれちゃう??」
「よし。ぴぃ、明日からは連打でいくか」
「ぴぃ!」
「えーさすがに顔壊れちゃうよ?」
 気のない返事をしながら、トルティーネは庭園を横切ります。足元ではカタカタとジョウロが動いて水を組んでいます。風もないのにはためくカーテンをすり抜け、ひとりと二匹は室内に入りました。
 そこは、美しい調度品が並べられた綺麗な小部屋でした。
 人物画や風景画が飾られ、額も細かい紋様で縁取られています。高級そうな花瓶に生けられた薔薇は満開に。鼻腔を良い香りが擽ります。部屋の角にはカラフルな積み木や、テディベアが転がっていました。
 幾何学模様のレースが掛けられたテーブルの上には、足のついたお皿がいくつも積み重ねられ、チョコチップがふんだんに入ったスコーン、丸や三角、お星さまの形をしたクッキー、ぷっくりと膨らんだマフィンに、大きな苺が乗ったケーキなど、たくさんのお菓子が盛られていました。その中のひとつにトルティーネは手を伸ばすと、小さな栗型のチョコをつまみ上げます。
「ふへ?。ひょうのはみるふてぃあじぃ?♪」
 顔を綻ばせながら、トルティーネは口の中で至福の味を噛み締めます。ぴぃは帽子からテーブルの上にちょこんと降り立つと、手前の平皿にあるドライフルーツを啄みました。
 すると。
 カタン、タン、タン。
 均衡を保っていたお皿が一つ傾きました。それは波紋のように次々と伝わり、斜めの力が働いていきます。
 コツン。
 一番端のお皿が天秤のように傾くと、ラッパを吹く猫の置物の頭を叩きました。衝撃を受けた猫は驚いたように息を吹き出します。
 ぷおー。
 ガタン、ガタン。
 それを合図にして壁に設置されていたアンティーク調の時計が、ぐるぐるぐるぐる回りだします。内部では連動した歯車が回転し、外へ繋がれたベルトがゆっくりと動き始めます。
 トルティーネがひとつ、またひとつとチョコを口に運んでいる間にも、“からくり”は順番に稼働していき、最終的にはシャンデリアの輝く天井に到達しました。張り巡らされたレールにぶら下がるのは、気球についているような小さな籠です。ぎこちなくもレーンを進んでいき、テーブルの上に差し掛かると自然と傾きます。入っていたのは出来立てのお菓子たち。トルティーネ達が空けていったお皿にひとつ、またひとつと落とされ、補充されていきます。不思議なことに、お菓子は見えない風船でもついているかのようにふわふわと落下します。
「ぶるぶるぶる・・・」
「おほ?いぬ。おはおー」
 お皿に乗る前に中空でお菓子をひったくり摘まみ食いを始めたトルティーネは、いつの間にか足元にいた、いぬに気付きました。
「・・っく・・・お前もいる??」
 まるで雨に打たれ寒さに縮み上がるように震えているぬいぐるみ、いぬは小さく頷きました。どこか具合が悪いわけではなく、ただ極度のビビり犬なのです。
「よぉし、じゃあとってこーい!」
「・・・くぅん?!」
 突如トルティーネは手にしていたお花型のビスケットを振りかぶりました。放り投げられたそれは放物線を描きながら宙を舞い、開けっ放しの扉から部屋の外へ飛んでいきました。
 いぬはつぶらな瞳に涙を浮かべながら、追いかけ走っていきます。
「うんうん?!今日も元気だねぇ?」
 楽しそうに頷くトルティーネに、うっさんはボタンで出来た瞳に哀れみを浮かべながら首を振ります。そんな視線には気づくことなく、トルティーネは真ん丸なチョコをもう一つ口に放り込むと、手をぱん!、と合わせました。
「よほぉし!わたしたちも行こっか?」
「ぴっぴぃ♪」
 肩に飛び乗ったぴぃに頬を寄せつつ、元気よく歩き出します。うっさんもちゃんと後に続きます。
 いぬが飛び出していった扉を出て、窓がいくつもある真っ直ぐな廊下を渡ると、眼下には長い長い螺旋階段が続いていました。終わりの見えないそこを、トルティーネは飛び跳ねるように降ります。
 空中に浮かぶ月と太陽のオブジェがいったり来たりするのを横目に、トルティーネは鼻唄まじりに呟きました。
「今日のパーツは何かなぁ??」
 どこへ繋がっているかわからない、次の扉を目指して。
 ひとりと三匹は、ゆっくりと歩いていきます。


 ここは────機巧仕掛塔(からくりとう)ラステアカノン。
 “忘れられた終着点”には、今日もたくさんの物語のパーツがたどり着きます。
 トルティーネ達の毎日は、こうしてはじまるのでした。