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冬空からの贈り物

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 そうだここでキレたら全てが終わる。ただでさえ金欠なのにこんな事で給料がもらえないのは辛い。子供の攻撃ぐらい軽いもんだ、その内飽きて諦めるだろう。
 そう思い、ただただ俺はクソガキの攻撃に耐え続けた。非暴力、不服従、まさにガンジーの精神がこの俺に乗り移った様な心境だった。
 が次の瞬間……

「ぐはっ!」

 股間に超メガトン級の強烈な痛みが走った。クソガキの右ストレートがクリーンヒットする。 俺は思わず自分がサンタクロースだという事を忘れ、着ぐるみから顔を出す。クソガキと目が合う。にっこりと笑って……

「うらぁー、ゴキブリ食わすぞー!!」
 
 脅していた。

「ぎゃあー!!」とか「す、すいませーん!!」とか叫びながら、 全速力で去って行くクソガキと母親。
 はぁはぁ……心なしか体が温かくなった様な気がする。気がつくと周りにいた通行人に何かの犯人を見る様な冷たい視線を向けられていた。
 俺は「お前達も見てただろ、これは正当防衛だ!」という気持ちを飲み込み、愛想良く会釈をして見せた。我ながらなんて大人な対応なんだと感心して……というかもはや大人でもなんでもない、アホなだけだ。クリスマスに何やってんだろ俺。
 紹介するのが遅れたが俺の名前は民谷涼介。こんな感じの高校一年生だ。日雇いバイトの仕事で何だか肌がチクチクしてちょっと変な匂いがするサンタクロースの着ぐるみを着てティッシュを配っている。
 デパートの入り口に飾ってある無駄に豪華な装飾が施された時計をちらりと見る。もう午後八時。自分の足下に置かれている段ボールの中身を確認するという行為は、今日一日だけでいつの間にか癖のようになってしまっていた。しかし肝心の中身のティッシュは、なかなか減ってくれない。現に今もどっさりと山のように残っている。しかもまるで体の中から大事な何かが一緒に出ていってしまったんじゃないかと心配になるような長めのため息を吐いていると、全くもって寒さを感じさせない元気ハツラツな声が耳に飛び込んできた。

「すいませーん、よかったらもらってくださーい!」

 俺はその声のする駐輪場の方に視線を向けると、同じ日雇いバイトの相棒だと思われるトナカイの着ぐるみを着た人物が、せっせとティッシュを配っていた。あのヒズメでどうやってティッシュを掴んでいるんだろうなんてくだらない事を考えていると、俺と同じように中々の苦戦を強いられているようだった。ティッシュを差し出しては断られ、追いかけては嫌がられ、声をかけては無視される。それは仕事だと割り切っても精神的に気持ちのいいことではない。何もそんなに一生懸命やらなくても……
 俺はそんなどこぞやのトナカイ君の不憫な様子を伺いながらふと思う。なんて仕事を引き受けてしまったんだろうと。



 そもそも最初はほんの軽いノリだった。高校に入学してもう一年の二学期が終了したってのにツレらしいツレもいない、彼女もいない、そのくせずっと家に居ると親と喧嘩して変にストレスがたまってしまう。だけどクリスマスくらいは、いつもと少し違う事をしてみたいっていうか、割のいいバイトで小遣い稼ぎでも出来ればいいやなんてよからぬ考えが浮かんだ。何がどう転んでそう思ったのか、それとも変な魔が差したのか、今思えば自分でも全く理解のできないその行動は普段の『ザ ・インドアー』な自分からは想像もつかなかった。そんな時、パソコンのインターネットで検索すると日当一万円のバイトが目に入った。職種はイベントスタッフ、詳しい事はあまり書いていないが高校生可という文字を見つけ、自分の条件はクリアしている事に安心した俺は、とりあえず飛び込んでみようという勢いで応募のボタンをクリックしていた。
 画面にはご応募ありがとうございますの文字。
 やっちまった…………本当に勢いというのは恐ろしい。いつもと違う環境に飛び込むという事になかなか慣れてない俺は、日が近づく事にそわそわと心が浮ついてどこか生きた心地がしなかった。自分でまいた種なのにな全く……。

 ————そしてクリスマス当日。
集合場所のボロくてどこか怪しげな建物にある事務所で仕事内容を聞いた俺は、内心頭を抱える思いで一杯だった。

『サンタの衣装を着て、ティッシュを配る』それが俺に与えられた任務だった。しかしノルマなどは特になく定時になると帰れるらしいが、時間内にできるだけ多く配る事、もし適当に配ってるのがバレたりしたら給料が支払われない事、終わったら事務所に在庫を返す事、これが約束だ。
……というかイベントスタッフかこれ? という疑問も担当の強面なおっさんの不気味なぐらい丁寧な仕事説明により言い出すタイミングを打ち消されてしまった。あー変な事したら殺されるんだろうな、という野生の勘みたいなものをビリビリと感じる。そして「にーちゃん、配られねぇからって捨てたりすんのは止めてくれよな?」という脅しの様な言葉にビビりながら「も、もちろんです」という誠意を見せてみたものの、もう後戻りは出来ないという事を俺は悟った。そしてサンタの衣装とポケットティッシュ1000個が入った二つの段ボールを装備し、かくして俺は、戦場であるこのデパートの入り口前にいるという訳だ。



まぁ、なんとかなるだろうと地面にドサッと段ボールを置き準備をし始めた頃はそう思っていた。でも現実は思っている事と同じように物事が動くとは限らない。このデパートの前でティッシュを配り続けてもう八時間が経とうとしていた。
 ティッシュはなかなか受け取ってもらってもらえない、少し勇気を出して声をかけてみてもちらっと珍しそうに見られるだけだ。特にサラリーマンなんかは鬱陶しそうにして俺の方を見向きもしないで通り過ぎて行く。
 何度も何度もそれを繰り返した……けれど何度も何度も同じ結果だった。稀に受け取ってくれる人はいるものの、受け取ってもらえない人と比べるとその差は歴然としていた。
 仕事とはこんなにも過酷なものなのだろうか? こんなにも上手くいかないものなのだろうか? よくよく考えてみると俺は今まで仕事なんてした事はなかった。まぁバイトを禁止している学校もあるみたいだし、俺と同じほとんどの高校一年の奴らからしたらそれが普通なんだろうけど。
 ただ俺の場合、例の質問達が頭の中で居座っている訳で……
 俺のこの冷めた性格はいつからこうなのかわからない。
作品名:冬空からの贈り物 作家名:雛森 奏