ガラスの雨ともう一度
気付いたら、手を繋いでいたパートナーが居なくなっている。そんな時、時の流れに逆らうことすら出来ない無力感でいっぱいになって、自ら軸を外れてしまいたくなるのかも分からない。
だけど、世界は回っているから。
輪廻転生。巡り巡って、また会える日まで、この場所で。深い意味なんて無くて良い。何が美味しくて、誰が愛おしくて、それだけで良い。止まらない時間軸、遅かれ早かれ、皆いつかガラスと化していく。その時はその時。今は叩いても割れたりしない腕で。
もう一度、人間になった自由と。
やり直すことに対する、少しの不安と。
約74年振りに巡り会った、大好きな妻。全部、ぎゅっと抱きしめて。
軌道に乗り込んで、進んで行こう。
「・・・ねぇ、悪魔は嫌い?」
「へっ?」
はっとして尻尾を放す。悪魔が顔を覗き込んでいた。
「ぼーっとして、上手い答えでも考えてるんじゃないでしょうね。別に嫌だって言って良いのよ、天乃の姿になるだけだから」
等と言いつつも、悪魔は不動の仁王立ちでこちらにガンを飛ばしてくる。確実に否定して欲しくない目だ。
「どうなの?はっきり言ってよね!」
ずいと詰め寄られ、半歩後ろに下がる。
「え・・・ええー?」
久し振りに、言ってみようかな、声も出る様になった訳だし。
「嫌、だけど・・・」
一瞬、悪魔の顔が曇る。だが続きの言葉がその顔を吹き飛ばしてくれるだろう。
「だけど、す・・・好きだよ、天乃だから」
悪魔は喜ぶ、と思いきや、つんと口を尖らせた。
「何よそれ、現金な人」
「良いじゃないか、本当の事だもの」
「ふぅん・・・」
悪魔は暫し、何を考えているのか分からない笑みを向けていたが、くるりと方向転換すると道路に向かっていく。
「まあ、良いよ。それより何か食べ物買って来ようよ」
「何言ってるんだ?俺に食事は必要無——」
途端、それは違うぞと主張するかの様に腹の虫が大声を上げる。
「何言ってるんだ、はこっちの台詞よ。貴方も生きたまま転生したの。人間、化け物、ガラス、人間」
ああ、そうだったな。これからはちゃんと人間であることを楽しむんだ。何を食べようか。ハンバーグとか、餃子とか、それから・・・。
「太るわよ」
まだ何も言ってないのに、悪魔が口を挟んできた。
「勝手に思考を読まないでくれ!まだ決める前の候補なんだから」
「まあ良いけどね、体重が増減するのも生きているうち限定だもん」
「じゃ、太ろうかな」
「・・・馬っ鹿じゃない?」
やっぱり、店に行ってから決めよう。約70年の間に、俺の知らない料理が沢山生まれたのかもしれない。帰って来たら風呂場を掃除して、熱い湯を浴びよう。ゆっくり寝よう。それから——。
俺は悪魔に向き直る。そして言う。
「天乃。提案があるんだ」
作品名:ガラスの雨ともう一度 作家名:青木 紫音