ガラスの雨ともう一度
ボッ、カッ、カッ、シュッ、シュッ。
「昌平さん、もうそろそろ開けるよ。準備出来たの?」
「天乃も。翼、しまいな」
長い間蜘蛛の巣だらけだった館の中は、見違える様にぴかぴか。パリッとした白シャツを着た俺、少しは感じ良く見えるだろうか。そして、館の中に並んだショーケースの中には、俺のガラス細工達。扉の上には木製の看板。さながら生まれ変わったかの様な内装を見渡して、俺は呟く。
「地震が来たら危ないな・・・」
「またそんな事言って!」
尻尾を鞭にして、悪魔が手の甲を叩いてきた。じいんと傷む感覚。でもそれを感じられる。叩かれても割れない。そんな身体が嬉しかった。
「・・・あのね昌平さん。あたしがガラスの国に行く日、あのタワーの細かい欠片がずっとキラキラ降ってて、とっても綺麗だった。昌平さんの所為だなんて思ってないし、寧ろ最後の最後に、来世まで持っていける位の鮮明な景色を有難うって思ってた。だから、自身持って。この一つ一つが、いつか誰かの思い出や宝物になる。昌平さんは、人の夢を作る職人さんなんだよ!」
さっきまでつんけんしていたのに、今度は力説を始める悪魔。そっと頭の上に手を乗せる。
「有難う、天乃」
悪魔は一瞬、天乃の十八番だった甘い笑みを見せたが、直ぐにさっきまでの悪魔に戻った。
「どうも。さあ、いくわよ!」
翼と角と尾を引っ込めた悪魔が、扉の掛け札を「OPEN」にひっくり返す。俺と悪魔の店『ガラス工房 陽向雨(ひなたあめ)』。本日、開店!
「お客さん、来るかな?ねえ来るかな?」
そわそわと歩き回る悪魔。
「気長に待とう。こういう店は、開店と同時に人が来るもんじゃない」
「だって楽しみなんだもん!」
椅子に腰掛けて足をばたつかせる悪魔がどうみても幼い子供で、思わず笑えてきてしまう。
「もう!何が可笑しいの!』
「まあまあ。笑えるのも人間にしか無いものだ。俺、今凄く生きてるって感じがするよ、生きてるよ」
神様が見逃してくれた、人生のロスタイム。有難くコンティニューさせて貰おう。
いつかガラスの雨の中で、楽しかったと心から言えるまで。
と、入り口の方からカウベルを鳴らして、上品そうな老夫婦が入ってきた。
「こんにちは。新しい店ですかな?」
悪魔と目が合う。頷き合って声を揃えた。
「いらっしゃいませ!」
町の端の館に、ガラス細工職人が1人。それから悪魔が1人と言うべきか、1匹と言うべきか。
もう淋しく無い。この館の中と外で、必ず誰かと繋がっている。
もしも何処かの町で、奇妙な格好の悪魔を見かけたら、どうぞ『ガラス工房 陽向雨』へ。不思議な店員二人と、透明に輝く夢の欠片が貴方をお待ちしております——。
宣伝文句は、こんなもんかな。
<終わり>
作品名:ガラスの雨ともう一度 作家名:青木 紫音