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ガラスの雨ともう一度

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 さっきまでゼロ距離に居た天乃の姿が、遠ざかっていく。その背景に満天の星空を見て、俺は自分がどうなっているのかを理解した。
 “天乃・・・裏切ったのか”
 はっは。
 当然か。天乃が死んだの、半分俺の所為だし。俺が同じ所に行ける訳無い。天乃は空の上の楽園。俺は地の底で罪滅ぼし。似合ってる似合ってる。
 御免よ天乃。俺達、結局離れ離れみたいだ。折角会えたのに・・・って、俺と一緒に居たくないから、落としたんだよな。抱きしめて、悪かった。
 あーあ、生きてても良い事無かったが、死んだらもっと良い事無かった。こんなことになる位なら、天乃の所に行くなんて決断、しなきゃ良かった。
 というより・・・。
 近づいて来る地面を察知して、呟く。

 「死にたく、ない」

 背中に強い衝撃を受け、思考が止まる。ガラス職人の俺が何千回も聞いてきた玉砕音が耳を貫く。自分の欠片が飛び散っていく。
 やがて、ぷつんと糸を切った様に、世界がショートして闇に包まれた。

 『生まれ変わりって、あると思う?』
 振り向く。新婚の頃の俺と天乃。俺が聞き返す。
 『何だって?』
 『生まれ変わること。転生』
 『うーん・・・あるんじゃないの、とも言いづらいけど。何で?』
 天乃は笑って、手の中のガラス細工を見せた。そこには、俺の作った小さな天使。あの海月と天使を間違えられてからというもの、俺はよく天使を作っては「海月はそれで、俺の作る天使はこうなんです!」と力説していた。最初は下手だったものの、段々と天乃も一目で分かってくれる位の腕前には上達して、この頃にはそこらの商品として文句が無い位。それをランプの光に当てて、天乃が話し出す。
 『もしあるとしたら、なりたいものがあるの』
 『へえ。天使?』
 意外にも天乃は首を振る。
 『いいえ。・・・ねぇ、何を言っても笑わない?』
 『笑う訳無いじゃん。何?』
 『・・・悪魔』
 笑いはしなかった。が、結構驚いた。
 『悪魔?えっ?何で?』
 『この考え、変かもしれないけど・・・』
 照れながらも、天乃は語り始める。
 『昌平さんも知ってるでしょう?私の家、変な所で色々厳しくて。だらしないから髪は伸ばすなとか、ズボンや膝より上のスカートは禁止とか、人を名前呼びする時は、“君”では無く“さん”だ、とか。だから、少しだけ好き放題してみたいと言うか・・・。悪魔がそういうものだとは決めつけられないけれどね。でも、この前観に行った映画の悪魔は、そうだったでしょう?いつか転生する日が来たら、あんな風になってみたい。おしとやかなこの服装も良いけれど、一度は長い髪を染めて、短いスカートやズボンを履いて、大きな翼を生やして、飛び回ってみたいの』
 『へえー。じゃあ、悪いこともするの?』
 俺の問いに、天乃は小首を傾げる。
 『それは・・・出来れば、遠慮したいわ。でも、色んなお家には勝手に入っていくの。生まれ変わった後の私は、一度人生を渡っている筈よ。だから人生なんて楽しくないって言っている人に、昌平さんのガラス細工を見せてあげるの』
 俺は目をしばたかせる。『——俺の?』
 『そうよ。芸術を目にするプロには伝わっていないのかも分からないけれど、私は昌平さんのセンス、とても好きだし素敵だと思うわ。だから昌平さんのガラス細工を持って行って、言ってあげるの。同じ人間としての一生の中で、こんな綺麗なものを作り出せる人も居る。人生は誰かに、一生の宝物を届けられるし、見つけられるよって!』
 興奮気味に締めた天乃に、思わず俺は吹き出す。
 『それ、全然悪魔じゃないぞ?』
 『ああっ、笑ったわね!もう・・・、別に格好だけで良いのよ。似合わないかしら?』
 『いや、いいんじゃないか?きっと大人っぽい、美人な悪魔だね』
 誉めたつもりだったのだが、天乃は困った様に人指し指で顎をなぞる。
 『ええと・・・』
——そこで、再び全てが消えた。

 ことん。

 散ったきり、暫く微動だにしなかった、歪なガラス片。そのうちの一つが転がって、近くのパーツと融合する。やがて粉々だった欠片が地面にさざ波を立て、大移動を開始した。

 初期化されたゲノムは。
 緩やかに螺旋を描いて。
 もう一度——。