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ガラスの雨ともう一度

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 ボッ、カッ、カッ、シュッ、シュッ。
 悪魔の呪文が終わると同時に、宙に塊が浮き、人の形を作っていく。
 「なあ、これしか出来無いのか?俺が会いたいのは、ガラスの天乃じゃない。天国の天乃なんだよ」
 「知ってるって。貴方、マッチ売りの少女を聞いたことがある?」
 ああ、遥か昔のことだ。可哀想な少女は、マッチの火の中に幻影を見て、最後には自らその中へ入ってゆく。あれと同じ原理か。俺はガラスになるのか。
 だがまあ良いだろう。最近は楽しくなかったとは言え、ガラス細工を好きか嫌いかと聞かれれば、自信を持って好きだと言える。自分の最期がガラスなのであれば、充分幸せなものだ。
 やがて、俺の頭上では無く、今度は目の前に、一人の女性が現れた。
 毛先に緩くウエーブの掛かった、首の途中までに被される黒い髪。鼻筋の通った、大人しめでありながらも整った顔。背をしゃんと伸ばして、白いブラウス、膝を隠す丈のエメラルド色のスカートを身に纏ったその姿は、可憐に咲く百合の様。
 この数十年間ずっと、俺が唯一会いたかった人間。
 「天乃・・・!」
 ぷっくりとした、形の良い秋桜色の唇が、穏やかに言葉を紡ぐ。
 「久し振り、昌平さん」
 一歩前に出る。今、とても天乃を抱きしめたかったが、そんな事をしたら壊れていってしまうのだろうか。悪魔に聞こうと思って振り返るが、姿は無かった。気を利かせて席を外してくれたか。
 俺の気持ちを察した様に、天乃が腕を広げ微笑む。
 「大丈夫よ。いらっしゃって」
 「でも・・・」
 「手、よく見て。貴方ももうガラスよ」
 手を光にかざす。指と指との間の角度は広く、水かきの様に丸くなっていた。向こうが半分透けている。
 「ガラス同士なら、多少は大丈夫よ。おいで下さいな。昌平さん」
 腕を回す。いつ振りだろう。俺の近くに天乃がいる。それをお互いに確かめ合える。体温は感じられないが、仕方無い。もう、ここはガラスの世界なのだから。
 「会いたかった、昌平さん」
 「お互い淋しかったな。御免よ。これからはずっと一緒にいられる」
 「うん。うん・・・」
 丸くて小さいガラスの粒が天乃の頬を伝い、俺の肩に染み込んだ。
 「遅くなったね。俺もそっちに行く」
 「来られるの?」
 「自由気ままな悪魔が、協力してくれたんだ」
 「そうではなくて、心残りは?」
 天乃の向こう側に、作りかけのフルーツバスケットが置いてある。悪魔にくれてやるかと、渋々作っていた代物だ。
 「あの果物等は、もう良いの?」
 一秒だけ間を空けて、俺は口を開いた。
 「無いよ。心残り」
 天乃は何とも返さなかった。口から淡々と言葉が出てくる。
 「折角天乃の所に行けるんだ、ここで思い留まる訳無いだろう。それにそもそも、俺が逝くのに足枷になる様な物、この世にはもう無い。あのガラス細工は、暇潰しだ」
 言おうとした最後の台詞を、一瞬止める。一度深呼吸をすると、俺はそれを吐き出した。
 「人生、そんなに楽しく無かったから、もう良いよ。天乃と・・・ガラスの世界に行く」
 天乃が一筋涙を流して、笑顔を作る。嬉しいのか悲しいのか、よく分からない笑み。そして静かに、首を縦に動かした。
 「分かったわ」
 天乃を、一層強く抱きしめる。ふわりと爪先が地面から離れた。
 「そのまま、しっかり抱いていてね。行くわよ」

 昇る。

 大好きな女性(ひと)に向かって。

 空へ。

 「・・・この館の中も、見納めか」
 愛用のバーナー。あんなに錆びるまで使い倒したのか。長いこと、ご苦労だった。バイバイ、気に入りの作品達。何か、見送ってくれてるみたいだな。
 やがて、俺達は屋根を通り抜けて、外に出た。
 「館の外に出たの、何年振り?」
 うぅーん、そんな事を聞かれても困る。もう遠い昔に館の時計は止まってしまって、日付や時間の感覚は無いのだ。まあ、確実に50年以上は・・・といった所だろう。
 外は夜だった。町の光を上から眺めると、とても綺麗だ。にしても、チカチカし過ぎじゃ・・・。お、あの酒屋、まだやってるのか。もう立派な老舗だな。一度覗いてみたかったかな。
 さよなら、俺の生まれた町。さよなら、俺の人生の後半だった館。さよなら悪魔。