小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ガラスの雨ともう一度

INDEX|4ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

 次は、お祭りの屋台。賑わう広場の隅、若い俺が頭を抱えている。
 「売れないなぁ・・・」
 赤い台の上には、今と比べて随分歪なガラス細工の海の仲間達。
 「やっぱり、将来これで生きて行こうなんて無茶だったのかなぁ・・・」
 もう店を畳んでしまおうか。そう思っているのが丸分かりの俺の前に、上品なワンピースを着た女性が立つ。それを見ていた俺は、思わずその人物の名前を呟いた。
 「天乃(あめの)・・・」
 頬に熱いものが昇っていくのが分かった。間違いない。網走 天乃。彼女と初めて会ったの、この日か。
 天乃はガラスの海月(くらげ)を手に取ると、俺に向かって極上の甘い笑顔を見せる。
 「これ、下さいな」
 「え・・・買って頂けるんですか?こんな不細工な作品を・・・」
 「ええ、だって」
 百円玉を数枚台の上に置いた彼女は、細く綺麗な指で凸凹の海月を撫でる。
 「凄く一生懸命作ったの、よく伝わって来るわ」
 斜め上の俺は顔を赤らめて、ぺこぺこしながら初めての売り上げを受け取る。明らかに動揺しているな。あー、挨拶を噛んだ。銭落とした。鼻の穴、超広がってる。客観的に見ると凄くださいな、この時の俺。
 「これ、大事に飾りますね」
 「え!いえいえ、そんな!本当、恐縮です!帰ったらすぐに捨てて下さい!」
 「だってガラス細工って、飾るものでしょう?それに——」
 形の良い爪が、優しく海月の足を突ついた。
 「とっても可愛いですよ、この天使!」
 「えっと・・・海月です!」
 「ええっ?」
 二人が顔を見合わせて、吹き出す。俺自身だとは分かっていながらも、天乃が男と楽しそうにしているのを眺めているのは、正直気持ちが良くない。俺の不服を察してか、悪魔が苦笑いして言った。
 「・・・早送り、しちゃおうか」
 早送りというと、人物が2倍速位で動いていくのかと思ったが、どうもそうでは無いらしい。ダイジェスト方式で、俺の恥ずかしい過去が次々と目の前で再現されて行き、結婚式が終わった辺りで早送りは解除された。この頃も相変わらず俺の作品はあまり人気が無く、天乃だけが俺の作品を宝物の様に収集している。でもそれが何だかかんだ言って、とっても幸せだった。だが——
 「おい、もうこの辺にしないか」
 カレンダーを見た俺は、悪魔に声を掛ける。悪魔は不思議そうに目をしばたかせた。
 「何で?」
 「いや・・・。別に過去を見たからって、淋しくなくなる訳じゃなかったし。どうせ本物じゃないし、それに——」
 「本物じゃないなら、何が起こっても大丈夫でしょ?」
 「えっ?」
 固まっている俺に、悪魔はにっこりと笑う。今までとは違う、いかにも小さい女子らしい、可愛らしい笑み。それが逆に怖い。
 「あたしはね、これを見せたかったんだよ」
 「悪魔め!」
 「そりゃ悪魔だもん」
 しれっとしている悪魔を、思い切り睨む。上から、昔の俺と天乃の会話が聞こえてきた。
 「・・・じゃあ、ちょっと俺、買い物に行って来るよ」
 「ええ、行ってらっしゃい!」
 今の容姿より10歳程若い俺が館を出る。今よりもずっと生活感の有る家だ。
 「・・・もう直ぐ、だよね」
 悪魔は薄ら笑いを浮かべて、館の中で一人本を読んでいる天乃を見ている。まるでこれから起こる出来事が、至極楽しみだとでも言う様に。
 見なければ良い。そう思って顔を背けたが、悪魔が無理矢理上を向かせる。
 「駄目、見るの」
 目と閉じる。抉じ開けられた。
 手で隠す。強引にどけられた。
 そうしている内に、天乃が本を閉じる。向かっていくのは、俺の作品置き場。楽しそうにあの海月を眺める天乃の踵が、巨大なガラスタワーの根元に当たった。太いガラス棒が天乃の後頭部に迫る。咄嗟に体が動いた。
 「わぁぁぁぁぁ——」
 斜め上の天乃を突き飛ばす。タワーが床に砕けて散った瞬間、他のもの全てが崩れていく。天乃の全身に亀裂が走り、地に砂を盛るかの様にさらさらと、俺の足元に一つの山となって消えた。
 “・・・駄目だった”
 大量の欠片が真っ白の床に吸収されていく。何も無かったの如く。
 ガラス造りでもう一度、繰り返した歴史を嘲笑うかの様に。
 この年の9月19日、天乃は不慮の事故で死んだ。原因は、俺のガラスのタワー。それが倒れてきて、天乃は出血多量で。まだ40だったのに、館に独り俺を置いて、逝ってしまった。
 天乃が居なくなると、もう俺の作品を評価してくれる人は居なかった。その内、あの館の奥さんは、スランプ中の旦那さんに八つ当たりで撲殺されたのだという噂が広まり、館の近くから人が遠のいた。俺は独りでガラス細工を作り続ける。俺の作品の所為で死んでしまう人はもう出したくなくて、人の所に行くのをやめた。そうしている内に——俺は、さながら生きているのかの様に死んでいるのに気付いた。怖さはない。寧ろ食事や買い物の時間が要らない分、それすらも好都合だった。でも。
 このままの毎日を無限に続けていれば、天乃に会えないのを、薄々分かっていた。
 「・・・大丈夫?」
 うずくまった俺の上を飛びながら、心配そうな声を出す。
 「・・・悪魔が人間を心配するな」
 「気にしないで。今のは、天乃さんが死んだんじゃないのよ。単にガラスが割れただけ」
 顔を上げると、俺と悪魔は元の館に戻ってきていた。
 「・・・
何故?何故俺を、ガラスの過去に連れていった?天乃に会えると思ったら、お父さんとお母さんが割れて、叶わなかった夢を引っ張り回されて、天乃が死ぬ所を見て!余計淋しくなったじゃないか!」
 ああそうか。こいつ、悪魔だもんな。人を喜ばす訳無いんだ。きっとこの悪魔が叶えてくれる願いは、唯一つ。
 俺の、最悪で最高で、最後の願望。
 永遠のガラス細工を終わらせる、方法。
 早口で呟く。
 「天乃の所に行かせてくれ」
 悪魔は返事をしなかったが、静かに床に降り立つと、再びローブを着込み始めた。