ガラスの雨ともう一度
ボッ、カッ、カッ、シュッ、シュッ。
おそらくもう何日も、悪魔は館に居座っている。
“お前も眠らないんだな”
「悪魔だもん」
“いい加減帰れよ”
「嫌だ。だってもう決めたの」
悪魔は尖った尾で、俺の作品を指す。
「何か一つ、貰っていく!」
“・・・帰ってくれ”
全く。これだから嫌なんだ、人間は。いや、こいつは悪魔か。
苛々としながら作業をしていると、チューリップの花びらが歪んでしまった。
“ほら見ろ、気が散った。お前の所為だぞ”
「ひどいなあ。貴方の不注意でしょ」
“不注意の元凶がお前なんだ”
「そんなに必死にならなくても良いじゃない。人間だもの、失敗は普通よ」
何処で覚えた、そんな言葉。
“普通じゃないだろ。人間じゃないんだろ、俺も”
「化け物よ」
やはりか。だろうと思っていたから、そうショックでは無いが。
ボッ、カッ、カッ、シュッ、シュッ。
俺の作業を横目で見ながら、悪魔は椅子を揺らして歌う。ゆったりと澄んだ、歌い手の見た目に合わない優しい曲だ。
「時の〜・・・流れを・・・ただ見てるしかなくて・・・ 永遠も〜・・・空し・・・くなったの・・・いつから・・・ 置いて〜・・・いかれるの・・・動けない・・・から・・・」
“止めろ、その歌”
「へ?」
悪魔が初めて笑みを崩し、驚いた様に俺を見た。
「どうしてよ?駄目なの?」
“別の歌にしてくれ、頼むから”
「ふうん・・・変なの・・・」
悪魔は暫く訝しげにこっちを見ていたが、また楽しそうな表情(かお)で他の歌をハミングし始めた。随分気持ち良さそうだ。良いなあ、沢山歌を知っていて、羨ましい・・・。
“はッ”
何考えてるんだ。歌なんて、あの人間共が作った程度のものじゃないか。
ぶんぶんと首を振ったら、ガラスのチューリップの表面がどろりと溶けた形で固まってしまった。
“あああああ!もう2回目だぞ、どうしてくれる!”
「あたし、何も言ってないんだけど!」
“そ、そうか。悪かった・・・”
『貴方、さっきから変だよ。ひょっとして・・・」
悪魔が再び、悪魔らしい笑みを作り、ぺろりと唇を舐める。
「さっきの歌詞が気に障った?」
おぞましい目に、思わず一歩後退る。
「きゃは、当たり?だろうね。もう時間軸を外れちゃって70年以上経つもんね。淋しいよね!」
“黙れ!別に俺は、長いことガラス細工をやってられて満足だ!」
「でも、淋しいんでしょ」
手の中で、透明のチューリップが粉々に散った。心なしか少し痛い。その様子を、悪魔は飄々と見ている。俺は何も言わずに奴を睨み返すしかなかった。
ボッ、カッ、カッ、シュッ、シュッ。
黙々と作業を続けること、多分数時間。漸く綺麗なチューリップを咲かせた俺に、悪魔が言った。
「お疲れ様。・・・ねぇ、ちょっと見に行かない?貴方が生きていた頃を」
“お断りだね。俺は今、ガラス細工をしているんだ”
「分かってるよ。だから——」
悪魔は羽ばたいて、俺の隣に降りる。
「ガラス細工で」
“は?”
作品名:ガラスの雨ともう一度 作家名:青木 紫音