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連載小説「六連星(むつらぼし)」第61話~65話

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 10時を過ぎた頃、響と山本が散歩に出た。
チューリップの咲く吾妻公園は、1キロあまりの坂道の先に有る。
心配をした俊彦が、『俺の車を使え』と響へ鍵を手渡す。
しかし、それを断ったのは山本のほうだ。

 「せっかくの、良いお天気です。
 1キロにも満たない路を、車で乗り付けたのではもったいないでしょう。
 それにトシさんの言う、この一帯の『伝統的建造物』なども、見てみたい。
 響さんは優しいから、病人の私と歩調を合わせてくれるでしょう。
 お茶といい、人柄といい、申し分がありませんねぇ~この娘は。
 なぜにお嫁に欲しいと言う男たちが、現れて来ないのでしょうか・・・・
 桐生の7不思議のひとつのようですねぇ」

 「あたしは別に、男性が嫌いなわけではありません。
 ただ先方から是非にと言って、所望されないだけのお話です」

 「殿方から、所望されないとお嫁には行けませんねぇ、確かに。
 では、自分から押しかけるというのは、どうですか?。
 俗にいう、押し掛け女房というやつですが」

 「惚れて嫁ぐよりも、惚れられて嫁ぐほうが女は大切にされるそうです。
 母がつねづね、そのように申しております。
 ゆえに響は『白馬の王子さま』なるものが現れるのを、
 ひたすら待ちわびます。
 私の母と同じように。ねぇ、トシさん・・・・」

 「な・・・・何の話だ。俺は知らんぞ、お前さんの母さんのことなんか」

 (あら、赤くなっています! トシさんも、けっこう可愛い~・・・・)
してやったりと響が、俊彦をやりこめてから悠然と表へ出ていく。
「ゆっくり行けよ」という俊彦の声を背中に聞きながら、響が山本とぴったりと寄り添う。
うららかな春の日差しが、町中にたっぷりと降りそそいでいる。
伝統的建造物群・保存地区の象徴でもある「街づくり交流館」の角を曲がると、
黒々と続く、古い板塀が現れる。
松の梢のあいだから、白い土蔵の壁も姿を見せる。

 「凄いなぁ・・・まるで時代劇のセットのようです」

 板塀のあたりから、山の手に向かう緩い坂道が始まる。
桐生天満宮を基点に、本町1丁目から2丁目界隈には、450戸余りの建物が、
碁盤の目のように隙間なく、びっしりとひしめいている。
約半数にあたる200戸ほどが、明治から大正、昭和初期に建てられたという、
きわめって古い、木造の建物ばかりだ。
それらがいまでも現役のまま、このあたり一帯に残っている。

 通りに面して漆喰の蔵をもつ、大きな商家が建っている。
路地へ足を一歩踏み入れると、低い瓦屋根の『町屋』と呼ばれる
長屋風の建物が、昔の面影そのままに、軒を並べている。
織物の町として栄えた最大の象徴、のこぎりの形をした『三角屋根の織物工場』も、いたるところに残っている。


 震度7を記録した3月11日の大震災は、織物の都・桐生市の古い建物にも、
きわめて、深刻な被害をもたらした。
崩れ落ちた屋根や、はがれ落ちた壁は一年を越えたいまでも
修復をされていない。
青いビニールカバーで覆われたまま、無残な姿をいまもとどめている。

 古い木造家屋は、古さゆえに、修復のための材料が手に入らない。
震災で傷んだ古い建物のたちは、傷ついたままの姿で静かに
修復の時が来るのを、ひたすら待ち続けている。