連載小説「六連星(むつらぼし)」第61話~65話
連載小説「六連星(むつらぼし)」第62話
「氷山の一角」
「原子力発電所は、一年に一度、法令により原子炉を止めます。
数カ月間の、安全のための定期検査期間にはいります。
炉心の真下で作業する青年も、その間に、急激に線量が跳ね上がります。
年間被ばく量も、入社5年目あたりから急激に上昇をはじめます。
5ミリシーベルトを超えてさらに増加し、87年度に記録された
年間9,8ミリシーベルトが、彼の被ばくのピークになります。
手帳に残された被ばくの記録は、彼が技術者として熟練していくにつれて、
さらに深く被ばく業務に携わったという経緯を裏付けています」
「でも・・・・法令で定められた放射線作業従事者の年間被ばくの限度、
50ミリシーベルトから見れば、彼の被ばく線はかなり低いようです。
それでも彼は発病をしてしまったのですか?」
「手帳に残っている青年の被ばく線量は、たしかに法令の5分の1です。
しかし青年がおおくの被ばくを積み重ねてきた結果、
ついに力尽きたというのも、また紛れもない事実なのです」
山本が、響を正面から見つめる。
しかしその目が遠い記憶を辿るように、すこしずつ宙をさまよいはじめる。
「たいへん古い記憶で申しわけありません。
放射線管理手帳が発行された人数は、1999年の3月現在で、
29万2434人に達したと記憶しています。
昨年の福島第一原発の事故以降、5ヵ月後の8月までに1万人以上に
放管手帳が交付されて、話題になりました。
つまり。3.11の事故以来、原発の従事者は毎年1万人以上が増えている
計算になります。
しかしこれらの数字は、ほとんど明らかにはされていません」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第61話~65話 作家名:落合順平