連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話
「そういう話をしているわけではありません、私は。
いちおう私も、健康で、24歳になったばかりのピチピチの女です。
人並みの欲望もあるし、セックスも別に嫌いじゃないし、
そのうちに縁が有れば、結婚して子供を産むことに、
ちゃんと憧れを持っています」
「おい。お前、たしか21のはずじゃないのか。
うちの娘は21歳だが、おまえ、いつの間に3つもよけいに歳をとったんだ」
「しまった・・・ばれたか。
まいったなぁ、秘密の玉手箱を、自分で開けてしまったわ」
響がもう一度、厨房を振りかえる。
しかし俊彦は背中を見せたまま、ひたすら仕込み仕事に没頭をしている。
岡本が、小声と手招きでを、そっと響を呼び寄せます。
「なんだ。まだトシが親父かどうか、確かめていないのか、お前は。
愚図愚図しないで、親父かどうか直談判して、聞けばいいことのなのに、
いまだに聞けねえとは、情けねぇ娘だな。
お前さんが3つも年齢を誤魔化していたのは、あいつの本心を探るために、
最初から嘘をついていたということになるな。
そういえば・・・宇都宮でお前に赤いランドセルを買ってやったのは、
よく考えてみたら、俺の娘がまだ保育園に通っている時のことだ。
おう。覚えているか、あん時の事を、」
「おっちゃんの顔は、記憶に残っていないけど、
赤いランドセルのことなら、今でも良く覚えているわ。
伴久ホテルの若女将が、先を越されたといって悔しがっていたもの。
『なんで不良が買ってくれた赤いランドセルが、そんなにいいの』って、
とにかくへそを曲げて、たいへんな騒ぎになったんだから」
「あんとき偶然に出会ったお前が、あまりにも可愛かったもので、
俺もお祝いだと思って、ついつい買っちまったんだ・・・・
そうだよなぁ。女将が言うように、押しつけ同然の不良からのプレゼントだ。
お前には、かえって悪いことをしちまったなぁ」
「ううん、よろこんで6年間、背負いました。
実は、お父さんかもしれないなんて、勝手に思い込んでいたの・・・・」
「ありがとうな、響。
お前さんは本当に優しい子だ。
しかしまあ、残念ながらお前の父親は、この俺じゃねぇ。
俺に出来ることなら、なんでも応援してやろうとは思ってはいたんだが。
だが、母親の清子は強情だ。
隠したきりで、その後は1度もお前に会わせてくれなかった。
無理もねぇや・・・・芸者修業中の、20歳の時に身ごもった子供だ。
お前さんも大変だったろうが、清子も大変だったはずだ。
それでもお前さんを産んでから、芸者として人気を集めたというんだから、
清子の頑張りも相当なものだったと思う。
たいしたもんだ、おまえの母親の清子と言う女は。
しかしよ。父親が居ないために寂しい想いをしなかったか、お前」
「伴久ホテルの若女将と、置き屋のお母さんに自分の子供のように、
いつも可愛がってもらいました。
響はちっともさびしい思いなんかは、しませんでした」
「でも、よう・・・・それでもやっぱり、父親の顔が見たくて、
此処まで来たんだろう。お前は」
内緒だぞ・・・とささやきながら、岡本が響へ顔を寄せる。
チラリと厨房に居るトシの様子を見てから、岡本がさらに声をひそめる。
「25年前と言えば、あいつが湯西川のホテルで板前修業をはじめたころだ。
お前さんの本当の歳から言えば、その頃が一番怪しいことになる。
で、どうなんだ。認めたのかよ、あいつは・・・・」
「それがまだ、はっきりとは分かんないの。
トシさんは、お母さんが子供を生んでいたことを、
つい最近になって知ったみたいなの。
今さらお母さんにも、あらためて父親の事なんか聞けないもの・・・・」
「トシは、いいやつだぞ。
お前が、ずう~と此処に居てくれると、実は俺も嬉しくなる。
お前。嫁になんか行かないで、ずっと此処でトシの蕎麦屋を手伝えよ。
そうすりゃ俺は、いつでもトシの旨い蕎麦が食える。
そのうえ可愛い響に、いつでも会えると言うことになる。
どうだ、一石二鳥だろ。
そうしろ。もう、そういうことに決めようぜ」
「何、勝手なことを言ってんの。
まだ解らないわよ、そんなことを言ったって・・・・」
「赤いランドセルが欲しければ、5個でも10個でも買ってやるぜ。
まかせろ、不良は金持ちなんだぜ。
頼むから俺の言う事を聞けよ。なぁ、悪いようにはしないから、響っ」
「馬っ鹿じゃないの。おっちゃんも。
ブランドのバッグならまだしも、赤いランドセルなんか欲しくないわよ私は。
そんなことだから、自分の娘にも相手にされなくなっちゃうんだよ。
頭の中が古いなぁ・・・まったく、おっちゃんは」
「駄目か・・・・赤いランドセルじゃ」
「駄目に決まってるでしょ!」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話 作家名:落合順平