連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話
戻った日から、俊彦がよく目にするようになったのは、
ひたすらパソコンに向かう響の姿だ。熱心に何かを検索しているようだ。
目を宙に向けて、なにかの文章を考えているような素振りなども時折見せる。
何かが響の中で動き始めたような、気配を感じる。
しかし当の本人がなにを見つけようとしているのか、それを口にしないため、
それが何であるのかは、周囲の誰にもわからない・・・・
しかし、一人だけ例外がいる。
久し振りに『六連星』にやってきた岡本が、エプロン姿の響を見つけた瞬間、
抱きつかんばかりに大喜びをする。
「よかったなぁ、トシ!。
ちゃんと響が戻ってきて。そのうえこの格好は、また店を
手伝うということだろう。
やっぱり響には、なんといってもトシの店で仕事をするのが一番似合う。
あっ、バイト代が少なかったら俺に言え。
俺が、トシから何倍にもして分捕ってやるから、あっははは」
渋い顔の俊彦とは対照的に、岡本はすっかり上機嫌だ。
立て続けにビールを注いでもらい、それをぐいぐいと呑みほした頃には、
すっかり有頂天のまま、顏はすでに真っ赤になっていた。
「トシのやつが、実は心配していた。
男と女の2人旅だ。間違いが起こらないとも限らねぇ。
このまま蕎麦屋から居なくなるか、突然に秋田へ嫁ぐことになったら
どうしたらいいんだと、あいつは、毎日うろたえていた。
響はそんな子じゃないから心配するなと、俺は言ったんだが、
一晩で帰ってくるはずのお前さんたちが、もう一晩経っても桐生に
帰って来ねぇ。
トシの心配ぶりときたら、適齢期の娘を持った親父の年越し苦労だ。
あわれなもんだぜ、娘を持ったオヤジなんて生き物は」
「オヤジ?」
響の目が、鋭く光る。
光ったままの響の視線が、厨房で背中を向けている俊彦へ走る。
岡本があわてて、訂正を入れる。
「いや、その・・・・トシがお前の親父と言う意味じゃねぇ。
勘違いするな。たとえばの話だ。
俺たちの年頃になると、おおかたの男が適齢期になった娘の行動に、
そんな心配をし始めると言うことだ。
それにしても無事に戻ってきたことが、なによりだ。
被災地だからどこを見たって、似たようなものだが、どうだ。
何か収穫があったか」
「うん。私の人生が変わるかもしれないほどの、凄い衝撃と出合いました」
「おっ、衝撃か、ただ事じゃねぇな。
金髪の英治以外に、東北でいい男でも見つけたか!」
「岡本のおっちゃん。
どうしても私を、お嫁さんに出したいの?
いくら同じ歳頃の娘さんが居るからって、無駄な心配をしないでください。
今の時代、適齢期になっても、多くの女たちはお嫁に行くという
選択肢だけで、生きているわけではありません」
「男に、興味がないのか、響は」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話 作家名:落合順平