連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話
国道6号線をさらに北上していくと、前方の交通表示機に、
「この先、立ち入り禁止」の文字が現れてきた。
国道は広野町の境界を越え、楢葉町福島第二原発のある楢葉町へ入る。
J-ビレッジの施設は、広野町と楢葉町にまたがっている。
正式な入り口は、楢葉町側に造られている。
住所は、 "福島県双葉郡楢葉町大字山田岡字美シ森 8番" とあり、
登記上は、楢葉町の施設ということになる。
「さあて・・・・ここがこの道(国道6号)の終点だよ。
一般人が車で行くことができるのは、ここまでさ。
どうする、響ちゃん?
せっかくの機会だから、検問所に居る機動隊員さんたちに、
ちょっとご挨拶などをしてから、戻ろうか?」
前方の交差点に、機動隊員らしい人影が見えてくる。
交差点が有るのは広野町の境界線から、北へわずか100mほど進んだ地点だ。
一般人が到達できる国道の最奥部ということになる・・・・
かえではかまわず、車を直進させていく。
ついに検問所へ、かえでの車が到達をする。
アングルの関係から見えないが、ここから左へ入っていったその奥に、
閉鎖中の広野町工業団地がある。
そちらの入り口にも、検問所が作られている。
ただし工業団地は、町の人たちが全て避難しているためほとんど車の
通行は無い。
信号機はあの日のまま、消灯をしている。
見るからにマッチョな体型をした機動隊が、かえでの車にやって来た。
危篤状態に陥った原発を守る、『北の番人』のようにも見える・・・
ここで国道は、『ジ・エンド』になる
機動隊員が毅然とした面持ちで、車内をのぞき込んできた。
機動隊員 「通行許可証はお持ちですか?」
かえで 「ありません」
機動隊員 「参考までに。どのような、ご用件でしょうか?」
かえでさん 「あー、いえー、実はですねぇ・・・
(まさか観光で来たとは、口が裂けても言えませんからねぇ)
道路に規制があるのは、知っていましたが
どこまで行けるものかと、確かめてみようと思いまして、
それだけの事です・・」
機動隊員 「ここから先は、一般車両は通行止めです。
Uーターンを、願います」
必要最小限の会話で、交渉は終わりだ。
有無を言わさずに、一般車両は、ここから引き返させられる運命になる。
手馴れた感じで、機動隊員が誘導をはじめる。
手招きされるままに、かえでが転回するために車をバックさせていく。
去り際にかえでが、もう一度車から顔を出す。
『写真を撮っても大丈夫ですか』と、機動隊員に声をかける。
「原発の方向は不可ですが、付近の写真を撮るのならOKだ」と答えが返ってくる。
「降りても良いですか?」とかえでが再び問いかけると、
「手短にお願いをします。どうぞ」と敬礼してから機動隊員が、背中を見せて
のっそりと立ち去っていく。
「響ちゃん。原発の方向を撮らなければ、写真はOKだってさ。
せっかくだから車から降りて、撮るだけとって、とっとと退散しましょう」
軽自動車を路肩へ寄せると、かえでが車を降りていく。
響も、デジカメを持って後から続いて降りていく。
(そういえば、写真を撮るのさえ忘れていたわ。緊張していたせいかしら。
かえでさんに言われるまで気がつかないなんて、私もどうかしているわ
たぶん。広野町の実態が、私から平常心を奪ったせいだわ・・・)
響がファインダーをのぞき込む。
輸送車のような大型トラックの向こう側に、機動隊の指揮車両が停まっている。
フロントガラスが割られないように、頑丈な鉄格子のシャッターがついている。
ゴツい車体からは、重厚な威圧感がたっぷりと漂っている
(たしかにここは何が起こるかわからない、
非常事態のホットスポットだ・・・・)
低くつぶやきながら響が、夢中でシャッターを押しまくる。
Jービレッジの施設は、厚い樹木にしっかりと周囲を覆われている。
響がカメラを構えた位置からは、中の様子を伺うことは出来ない。
交差点からわずかに見えるのは、屋根のついた人工芝フィールドのみだ。
その遠方に、スポーツ医療の施設やホテル、レストランなどが有るはずだが、
それらの施設は、ここからは一切見ることができない。
第一原発へ向かう作業員たちは、Jビレッジに集結する。
自家用車や会社のバス等などに乗り、続々と作業員たちがJビレッジに
駆けつける。
専用のシャトルバスに乗り換えてから、連日にわたり復旧作業が続いている、
第一原発の敷地内へ向かっていく。
専用バスの存在は、避難区域内を走る車両の数をできるかぎり減らし、
放射性物質がクルマに付着して、外に出ることを防ぐ意味もある。
J-ビレッジから二ツ沼総合公園にかけて、大量のコンテナが、
敷地を埋め尽くすように並んでいる。
袋から白いものが覗いている。
収用されているのは、使用済みの放射性物質が着いた防護服だ。
それぞれにコンテナに、ナンバーが書きこまれている。
ズラリと並んだ膨大な量の、使用済み防護服の様子は実に壮観な眺め、
そのものになる。
(日々増え続けていく放射能に汚染された大量のゴミを、
いったいどのようにして
処分をしていくつもりなのだろうか・・・・
Jビレッジの敷地や、周辺の空き地に置ききれなくなったら、
今度は公園内に、同じように、野積みにしていくつもりだろうか・・・・)
ゴミと化した膨大な量の防護服は、放射能汚染の深刻さを如実に示している。
危機的な状況が、いまでも続いていることを白日の下にさらしている。
ファインダーから目を離した響が、(よみがえるんだろうか、福島は・・)
とゴミ袋の山を見つめながら、強く、唇をかみしめた。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話 作家名:落合順平