連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話
「要するに政府は、まだまだ油断はできないと言っているだけの話だ。
東京で、のんきに放射能がどうのこうのと議論ばかりをしていないで、
被災地に行って、その足で会議を開けと言いたいね。
立ち入り禁止の区域まで足を運び、実態をよく見てみろと重ねて言いたい。
原発と放射能に関する限り、政府は最初から最後まで、あきれるほど弱腰だ。
政治家たちは何も言わないし、なんの救援活動も講じていない。
あたしたちは現実に此処で生きているし、此処で暮らしているんだ。
民主党の野田の馬鹿野郎め。
一度でいいから、広野町へ放射能に汚染されたドジョウを
食いに、やって来いってんだ。
あたしがイヤと言うまで、たっぷりとご馳走をしてあげるから!
ああ・・・・言いたいことを言って、すっきりしちゃった。」
言いたいことを全て言いきり、さっぱりしたとかえでが
大きな声をあげて笑いはじめる。
韓国でドジョウ料理を出され、『したり顔』で喜んでいた野田総理の
顔を思い出した響も、思わず笑いこけている。
4車線の国道6号は、この時間になってもやはり混雑をしている。
朝は乗用車が沢山走っていたが、いまの時間帯になると資材を運ぶトラックや、
背広姿を乗せたタクシーなどが目立つようになる。
「お風呂有ります」という大きな看板を掲げたドライブインが見えて来た。
「6号線の、名物女将がやっているドライブインだよ。
ライフラインの復旧が遅れて、水がまったく出ないとき、
井戸水を使って、まっさきに温泉を提供したドライブインだ。
そりゃあ混んだよ。連日、朝から超満員だ。
被災者たちは此処で情報を交換したり、ほっとひと息をついた。
心意気のあるここの女将に、私たちもずいぶん元気をもらったもんだ」
あっというまにドライブインを過ぎると、前方にコンビニが見えてくる。
Jビレッジに隣接している総合運動公園の、巨大な表示も見えてくる。
二ツ沼総合公園と、表示にある。
南北400m、東西400mにわたる四角形の公園で、名称の由来となった
双子の沼を、敷地の中心にもっている。
町が管理をしているはずの総合の運動公園だが、入口に「東芝」の
大きな社旗が掲げられている。
ひらひらとなびく社旗に、響が興味を引かれる。
入口の看板には、 黒々と「東芝対策本部」 と書いてある。
道路の前方に有る、全国各地からやって来た寄り合い所帯の Jービレッジとは
異なり、ここの公園は、東芝が独占しているような気配がある。
東芝は、事故を起こした原子炉の施工を請け負った直接のメーカーだ。
損傷の激しい2号機と3号機も、東芝が建設を請け負っている。
症状の軽い4号機を受注した日立とは、立場上の明暗を如実なまでに
分けていることになる。
(こうして独立した本部を持っているということは、原発事故対策の主役は、
東京電力ではなくて、東芝なんじゃないのかな?
なんとなく、そう思いたくなるような光景ですね。これは・・・)
ぼんやりと呟やく響の視線の向こうに、大量の自家用車やバスが
ずらりと駐車している大きな駐車場が見える。
(そう言えば・・・・)と響が、事故発生の直後の出来事を思い出す。
撤退が叫ばれた司令棟で、最小限度の決死隊が残った。
『 Fukushima-50』と呼ばれた50人が、崩壊が迫った原子炉と対峙した。
少数精鋭で最前線を守ったあの日から1年。
Jビレッジに置かれた対策本部は水ぶくれのように、大きく膨れ上がった。
1日あたり3000人を超える人員が、最前線のJ-ビレッジに終結する。
ここから第一原発の復旧工事のために、おおくの人員が投入されていく。
(さっき見てきた広野火力発電所では、2800人が常時、
投入されたと言う。
いっぽうの福島第一原発では、3000人から3500人。
両方あわせると実に6000人以上の労働者が、
動員されている計算になる・・・・
広野町から避難していった住民の数は、5200人だ。
そっくり入れ替わるようにして、原発と火力発電所の復旧のために、
男たちだけの異常な集団が乗り込んできたと、いうことになる。
那須の美人。亜希子さんが言っていた意味は、この実態の事だったんだ。
たしかにここは、異常な事態が水面下で進行している町だ。)
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話 作家名:落合順平