連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話
3月の末。山本と名乗る原爆病患者との同居が始まった。
岡本に連れられ福島からやってきた原発労働者の山本は、病院へ通うため、
俊彦のアパートで同居を始めた。
『俺と一緒に下で寝起きすることになる。なにかと顔を合わせる毎日になる。
此処だけの話。もって余命はあと数ヵ月だろうと言う話だ。
辛いだろうがそのあたりを考慮しながら見守ってくれると、俺も有りがたい。
どうだ大丈夫か。できるか、お前に」
俊彦から、そう問われても、響は何も答えることができなかった。
唇を一文字に結び、俊彦の目だけを見つめて、強くひとつだけ頷いてみせた。
響きはまだ、人の死に立ち会ったことが無い。
(覚悟はしていたものの、現実となるとまた別の問題になる・・・・
私はあの時、岡本さんと約束をしたように心からの笑顔をこの人へ
見せてあげることが、本当にできるのだろうか・・・
死と向かい合うには、今の私には、まだまだ重すぎるものがある。
本当にできるのだろうか、こころの底からの笑顔を見せるなんて、私に)
同居が始まったその日から、響は、母の言葉を毎日思い出すようになる。
市内に咲き始めた桜の様子を気にかけながら、日一日とすすんでいく
春の進行を、心密かに楽しむようにもなる。
そんなある日。
洗いものをしている響の背後へ、俊彦が立った。
「お前。
俺と二人きりの時は、遅れて食卓にやってきて飯を食うのが
習慣だったくせに、
今は最初から最後まで、食事に付き合ってくれているなぁ。
俺も嬉しいし、山本氏も喜んでいる。
だがあまり律儀にやりすぎると、あとでお前が悲しむことになる。
俺はいままで何人も見送ってきたが、お前は初めての体験だ。
肩の力を抜いて、もう少しお前らしく、いつものように『ずぼら』にやれ。
お前の気持ちはよく解る。
だけどな、見ている俺の方がハラハラして胃が痛くなる。
あっ、例の『奇跡の光景』だ。ぼちぼち公園のチューリップが
咲き始めたらしい。
風のない温たかい日を選んで、散策に行くといいだろう。
世話をかけることになるが、まぁ・・・・よろしく頼む」
ポンと肩を叩いてから、俊彦が玄関から消えていく。
(父が・・・・たったいま、初めて、私の肩を叩いていった・・・・)
全身が熱くなるのを感じながら、響が洗いものの手を停める。
叩かれた肩に、暖かい俊彦の手のひらの感触が鮮明に残っている。
消えていく俊彦の背中を、いつまでも立ちつくしたまま響が見送っている。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話 作家名:落合順平