連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話
「俺なんか、やくざ組織の全体から見れば、下っ端のそのまた下っ端だ。
30人前後の若い衆を束ねているだ。
そのへんの気のきいた土建屋の社長連中と、似たか寄ったかのレベルだな。
せいぜい足尾の山へ、緑の植樹に参加したり、身よりのない原発労働者に、
医療機関を世話してやるくらいが関の山だ。
ああ、そう言えば、明日からトシの処で病人をまた一人、
世話をしてもらうことになっている。
悪いが、お前さんにもそのことで面倒をかけることになりそうだ。
そんときは悪いが、よろしく面倒を見てくれ。たのんだぜ」
「前にも原爆症の患者で、もと大学教授みたいな人が来ていました。
病院の先生まで、なんだか一枚咬んでいるようないるような口ぶりでした。
ねぇ、トシさんも含めて、みんなで一体何をしているの?」
「なんだ、お前。そんなことに、興味があるのか?」
あらたに注がれたビールを手にした岡本が、響の顔を見つめる。
熱さを秘めた響の瞳が、岡本の顔を強く見つめ返す。
『ふぅ~ん。その眼から見ると本気なんだな、わかった』と
小さくつぶやいた岡本が、
ビールをひと息に呑み干すと、ふう~、と深い吐息を洩らす。
「大人の世界に首を突っ込むとは、いいこころがけだ。じゃ教えてやろう」
顔をあげた岡本が、厨房にいる俊彦の様子を横目で確認する。
教えてやるからもっと傍に寄れと、響に指先でそっと合図を送る。
俊彦の背中を気にしながら、岡本の声が一段階低くなる。
「お前がトシの娘だと言うのは、俺からみても、9分9厘間違いがねぇと思う。
だが、問題はそんなに簡単じゃねぇ。
大人にはいろいろと事情というものがあるからな。
俺が言うのもなんだが、、あいつは、男気も、気骨も充分に持っている。
お前さんのことも最初からわかっていれば、
あいつなりに責任をとれただろう。
今のいままで清子に隠されていたのでは、いくらあいつでも
どうにもならねぇ。
そういうことだからお前も、トシのことは大目にみてやれ。
長い間、言えなかったという事情が清子の側にもあったはずだ。
そのために俊彦は、実は自分の娘が居るという衝撃の事実を知ったのは
つい最近と言うことになっちまった。
お前さんには辛い思いをさせたようだが、複雑な大人の
事情というものも有る。
俊彦を責めるな、あいつ、ついこの間まで、
娘が居ることをまったく知らなかったんだからな・・・・なぁ、響」
響が、岡本の言葉をしっかりと受けとめる。
『それでいい』とひと言いってから、岡本が少し響の顔から離れる。
「で、俺たちが何をやっているかという話だ。
原発内での一番危険な仕事は、日本の各地から送り込まれる消耗品たちが
こなすことになっている。
消耗品と呼ばれる連中をあらゆる方法で調達して、
原発に送り込むのが俺の仕事だ。
被爆の危険性がある場所で働けば、それなりに賃金はいい。
だが金と引き換えに、身体も心も、ボロボロにされるということを意味する。
原発事業が始まった頃から、すべての原発で採用をされてきたシステムだ。
表には一切出ない、原発の裏事情ってやつだ。
だから国も原発もこうした消耗品たちについては、一切言及をしていない。
消耗品は社会的には、存在していないはずの集団と言うことになる。
当然のこととして原発で働いて、病気になっても救済されないどころか、
闇から闇に葬られて、それでゴミクズのようにおしまいにされる・・・・」
「そういう人たちを、救済するために作りだした療養のシステム。
そういうことなのね、おっちゃんたちが手がけているのは。」
「そうさ。そのための費用は、全部こいつが出す」
いつの間にか二人の背後に、俊彦が立っている。
響と岡本が慌てた顔で、背後に立った俊彦を見上げる。
「なんだよ・・・・二人とも、そんな顔で俺を見て。
仲良く話しこんでいるので、何の話かと思ったら、やっぱり原発の話しか。
治療のための費用は、全額を岡本が負担する。
俺は失ってしまったそいつらの住所を復活させ、暮らすための
住まいを提供している。
治療は、同級生で救急医の杉原が担当している。
杉原はかつて派遣された広島で、原爆症の治療にあたってきた医師だ。
それともう一人。絶対に欠かせない奴がいる。
少し離れた処に良庵寺という寺があり、そこに知り合いの住職が居る。
亡くなった原爆症患者たちの、安住の地になるわけだ。
まぁ中には奇跡的に、たとえば戸田勇作(もと大学教授)のように、
うまく生きながらえる奴もいるが、おおかたは・・・・
遅かれ早かれ、良庵寺の住職の世話になる」
「そういうことだ響。話を聞いたからには、お前も手伝え」
岡本が、ふたたび響の顔をのぞき込む。
『おい、響は必要ないだろう、引き込むなよ』と乗り出す俊彦を、
岡本がゆっくりと手で制止する。
「でも私はいったい、何をすればいいの・・・・」
「そのとびっきりの笑顔を、原発病の患者たちに見せてやれ。
お前さんの持っている、そのとびっきりの笑顔は最高だ。
きっとみんな『生きていてよかった』と心の底から、思うようになるはずだ
若く、明るく、元気な女性の笑顔は、何よりの活力になるんだぜ。
俺たちには、逆立ちしたって出来ない芸当だ・・・・。
頼んだぜ。俺たちの、とびっきりのナイチンゲールをなってくれ」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 56話 ~60話 作家名:落合順平